クダンウイング⑤
美浦へ帰厩したクダンウイングは、当初9月のオールカマーを目標にしていた。
だが、調教のピッチがなかなか上がらず、復帰戦は10月の毎日王冠までずれ込んだ。
その最終追い切りの日。
俺は美浦トレセンを訪れていた。
クダンウイングがゴール板を過ぎ、徐々に速度を落としていく。
「先週に続いて、今週もしっかり追いましたね」
「どうもピリッとしないところがありましたので」
「出走できそうですか」
「使います。調教量は足りています。あとは実戦で変わるか。使ってどう変わるかです」
「まずは無事に回ってきて欲しいです」
「それはそうです。しかし、再発を恐れてばかりでもいけません。……難しいところです」
「先生には難しい判断ばかりお願いしてしまいますね」
「それでも、やってきて良かったと思える時もありますから」
木場先生は、遠ざかっていくクダンウイングを見送った。
◇◇◇
追い切りのあと、木場厩舎へ向かった。
しばらくすると、クールダウンを終えたクダンウイングを陽菜ちゃんが曳いて戻ってきた。
「お疲れ様。クダンウイングはどう?」
「脚元は大丈夫。体調もいいと思う。でも」
「ピリッとしない?」
「うん。逆にお父さんがピリピリしている感じ」
「……たしかに、いつもとちょっと雰囲気違ったかも」
「私も人のこと言えないけどね。高田ファームの皆さんがちゃんと私たちにつないでくれたんだから。
それにオークス馬だし。復帰だけじゃなくて、結果も、って考えちゃう」
「陽菜ちゃん、ちょっと背負いすぎ。これ以上、負担重量増やさなくていいって」
「ありがと」
陽菜ちゃんがクダンウイングの鼻先を撫でた。
「それにしても毎日王冠、メンバー揃ったよね。ロワソレイユもホワイトデニムも出るし」
「そうだね。でも一歩ずつ。まずはレースに出て、無事に帰ってくることから始めよう」
「うん。そうだよね!」
◇◇◇
毎日王冠当日。
クダンウイングがパドックを歩いている。
屈腱炎を発症してから1年以上。
実戦の負荷に脚元は耐えられるだろうか?力は戻っているんだろうか?レース勘は?
不安を挙げればキリがない。
それでも、俺にできるのは見守ることだけだ。
やがてレースが始まる。
クダンウイングはすんなり好位につけた。
久しぶりの実戦でも折り合いはついている。
好位のまま第4コーナーを回った。
ここまでは悪くない。
「行け!」
直線に入って、中野騎手が追い出す。
だが、前の馬との差が縮まらない。
中野騎手の手がさらに動く。
それでも伸びなかった。
後ろから来た馬にも交わされる。
6着。
もちろん、残念ではある。
それでも、クダンウイングは最後まで走り切った。
今日は、無事に戻ってくれればそれでいい。




