クダンウイング④
クダンウイングが屈腱炎を発症してから、半年以上が経った春。
俺は陽菜ちゃんを助手席に乗せ、高田ファームへ向かっていた。
目的はもちろん、クダンウイングに会うことだ。
そろそろ駈歩を始められそうだと聞いている。
ここまで長かった。
元気が有り余っていても、好きなだけ動かすわけにはいかない。馬房で過ごす時間を長く取りながら、曳き運動から始め、騎乗での常歩、速歩へと少しずつ負荷を上げてきた。
その間も、脚元の熱や歩様を確かめ、異常があれば負荷を下げてきた。高田ファームから届くレポートにも、その日の運動量や脚元の状態が細かく記されていた。
俺も高田ファームを定期的に訪れていたが、クダンウイングに合わせて慎重に運動量を調整するスタッフの姿には、何度見ても頭が下がった。
そしてようやく、駈歩を始められるところまで来た。
それでも、復帰に向けてまだ折り返し地点か、それをちょっと過ぎたぐらいだ。
「この前クダンアイズに会って思ったんだけどさ」
「何?」
「陽菜ちゃんって、クダンアイズのこと、そこまで好きって感じじゃないよね?自分のお父さんの厩舎の馬なのに」
「嫌いなわけじゃないし、ちゃんと好きだよ。でもお父さんがね」
「木場先生が?」
「当時、開業したてで、結果を出そうとすごい張り切ってたの。寝ても覚めても馬のことばかり」
「木場先生にそんな時期があったんだ」
今も十分、馬のことばかりな気はするけど。
「私が高校卒業して育成牧場で働きたいって話しても、生返事でね。あとで『本当に北海道へ行くのか』って驚いてたくらい」
「それはご愁傷さま」
「要は、かわいく言うとクダンアイズに嫉妬してたの」
「怖く言うと?」
「呪ってた?」
「怖い!」
陽菜ちゃんが笑った。
「春天勝って、喜ぶお父さんを見たら、そんなの消し飛んじゃったけどね」
「良かった」
「そうじゃなかったら、お父さんの厩舎で働いてないよ」
しばらく車を走らせる。
「私たち、クダンアイズから始まったんだね」
◇◇◇
高田ファームに着くと、馬場さんが出迎えてくれた。
「やあ、いらっしゃい、2人とも。会社の人がいないということは、今日はデートかい?」
「まあ、そんなところです」
「仲が良いのは結構なことだよ」
そのとき、馬場さんのスマホが鳴った。
「もしもし?……え?何?クダンウイングが!?」
「ウイングがどうしたんです?」
陽菜ちゃんが俺の服の袖を掴んだ。
「……人参を食べた?わかった」
通話が切れた。
「……馬場さん!」
騒ぎを聞きつけたのか、馬場さんの奥さんがやってきた。
「また変な驚かせ方したんですか。すみませんねえ、この人こういうのが好きで」
「フォローになっていません!私、心臓止まるかと思ったんですから!」
「わはは。ウイングの顔に免じて許して欲しい」
困った人だな。前より手が込んできている気がする。まあ、こんな冗談が出るなら、今のところは大丈夫なんだろう。
馬場さんに案内され、クダンウイングのところへ向かった。
クダンウイングは相変わらず元気そうで、俺たちを見ると馬房から顔を出してきた。
陽菜ちゃんがその鼻先に手を伸ばす。
「そろそろキャンターを始めようと思っている」
「はい」
「じっくり2~3ヶ月ぐらいかけて、時計を出せるように持っていく。そこまで行けば、僕らの出番はいったんおしまいだ。そこから先は陽菜ちゃんたちの出番になる」
「待っています」
「再発しないよう注意しているけれど、ここから先も順調に進められるとは限らない。
ますます人も馬も辛抱だよ。焦らず。一歩ずつだ」
陽菜ちゃんがゆっくり頷いた。
「よろしくお願いします」
俺も頭を下げた。
◇◇◇
その後はクダンムーンをはじめ、陽菜ちゃんに縁のある馬たちを訪ねて回った。
結局、2日間馬ばかり見ていた。
まあ、俺たちらしいデートだった。




