クダンアイズ②
秋。
俺は日高の東陽スタッドを訪れていた。
今日の目的は、ここで種牡馬生活を送っているクダンアイズに会うことだ。
彩夏さんを連れてこなければ怒られる。連れてくれば、たぶん使い物にならない。
そんなわけで、今日は仲町くんを加えて九段レーシング総出での訪問だった。
「ようこそいらっしゃいました。クダンウイングの故障は残念でしたね」
出迎えてくれた牧場長と挨拶を交わす。
「ありがとうございます。今は復帰を目指して治療しているところです」
「無事に戻れるといいですね。早速、アイズのところに案内しましょう」
厩舎の前で待っていると、やがて1頭の鹿毛馬が曳かれてきた。
「……アイちゃん」
彩夏さんが両手を握りしめ、わずかに震えている。
「アイちゃん……ますます尊くなって……」
何やらブツブツつぶやき始めた。
まあ、危害を加えるはずもない。ほっとこう。
「クダンウイングの活躍もあって、最近は問い合わせが増えていまして」
牧場長がクダンアイズを眺めながら話し始めた。
「種付け料も40万まで下がってしまいましたが、来年はもう少し上げようと思っています。ここからもう一花咲かせて欲しいですね」
「やはり立派な馬体ですね」
こうして間近で見るのは、本当に久しぶりだった。
最後に会ったのは、天皇賞(春)の口取り式だ。
クダンアイズの瞳に、あの輝きはない。種牡馬や繁殖牝馬として供用されると、俺にはもうあの輝きが見えなくなる。
それでも、とても澄んだ目だった。
クダンウイングとよく似ている。
親子だからだろうか。
以前、記事で読んだ神楽さんの言葉が浮かんだ。
『深く透き通った目をしていた』
ブレイヴハートを初めて見たとき、神楽さんはそう感じたらしい。
あの人が言っていたのは、こういうことなんだろうか。
「どうされました?」
「いや、瞳が綺麗だなと思いまして」
「ああ。目の綺麗な馬です。アイズという名前がよく似合っています」
しばらくクダンアイズを眺める。
「牧場長」
「はい」
「来年、ウチの牝馬にも種付けをお願いできますか?」
「もちろんです。ぜひお願いします」
「社長!?」
彩夏さんが勢いよく振り返った。
「本当ですか!?」
「うん。クダンアイズに賭けてみよう」
彩夏さんが固まり、仲町くんがそっと距離を取った。
クダンアイズの瞳へ視線を戻す。
この目を受け継いだ仔を見てみたい。
来年、クダンムーンにクダンアイズを付けよう。




