クダンムーン⑥
1歳馬セールを終えた俺は、木場先生、彩夏さんと一緒に、クダンムーンを預けている葛西牧場へと向かった。
「九段さん、お久しぶりです」
牧場主の葛西さんが気さくに出迎えてくれた。
クダンムーンを購入してからの付き合いで、今では引退後も預かってもらっている。
「クダンムーンはどうですか?」
「順調ですよ。脚元もだいぶ良くなっています。このままいけば、来年の種付けには間に合うと思います」
「良かった……」
小さな放牧区画にいるクダンムーンを見せてもらった。
競走馬だった頃より、少し肉がついたように見える。
俺はスマホを取り出し、何枚か写真を撮った。
『セリの帰りに葛西牧場へ寄りました
ムーンは元気そうです。怪我の回復も順調で、来年の種付けはいけそうです
これからムーンの配合を相談します』
写真を添えて、陽菜ちゃんへメッセージを送る。
「意外と積極的なんですね」
彩夏さんが言った。
「黙っててください」
「もう少し、私の目の届かないところでやってもらえませんか」
木場先生まで言ってきた。
「先生まで何なんですか」
◇◇◇
夕方。
葛西牧場の応接室で、俺たちはクダンムーンの配合について話し合っていた。
俺と彩夏さん、木場先生、それに葛西さんの4人だ。
「クダンアイズが良いと思います!」
「彩夏さん、私情で言わないでください」
「私情ではありません」
彩夏さんはノートPCを取り出し、画面をこちらへ向けた。
「アーニングインデックスは0.83です。数字だけ見れば平均以下ですけど、これまで集まった繁殖牝馬の質を考えれば悪くありません。重賞勝ち馬も出しています。ダート種牡馬と思われていますが、意外と芝の中長距離で活躍馬がいます。そして――」
「ちょっと待った」
このままだとクダンアイズ講座が終わりそうにない。
「クダンアイズを付けるかはさておいて、血統的にサタデーサウンド系の種牡馬を付け放題というのは強みですよね」
「ですね。ただ、クダンアイズとの組み合わせも、面白い配合かもしれません」
葛西さんが血統表を見ながら言った。
クダンムーンには、クダンアイズと違ってサタデーサウンドの血が入っていない。それだけ配合相手の選択肢は広い。
木場先生が続けた。
「クダンムーンは馬格もありますし、骨格にも変な癖はありません。相手に欠点の補完を強く求めなくていい分、予算内で実績のある種牡馬を選んでもいいと思います」
「それも良いと思います。ただ、良い種牡馬を付ければそれでいい、というものでもありません。この馬に関しては、もう少し組み合わせを詰めたいですね」
葛西さんが言った。
その後も何頭もの名前が挙がった。
気づけば、夜も更けていた。
◇◇◇
帰る前にスマホを見ると、メッセージが1件届いていた。
陽菜ちゃんからだった。
『ムーン、元気そうでよかった
配合相手はブレイヴハートの子どもがいいと思う』
ブレイヴハートは陽菜ちゃんが一番好きな馬だ。ブレイヴハート自身はもう亡くなっているが、産駒には種牡馬入りした馬が何頭もいる。
そんなことより。
桜花賞のあと、陽菜ちゃんから届いた初めてのメッセージだった。




