第十七話 ツリーの下の贈り物
冬になり、寝屋川一番街商店街にもクリスマスの季節がやって来た。
通りには赤や緑の飾りが並び、洋菓子店の店先にはイチゴの載ったケーキの写真が貼られている。夕方になると街路樹の電飾がともり、買い物帰りの親子や学校帰りの学生たちが足を止めていた。
喫茶こもれびの前にも、小さなクリスマスツリーが飾られている。
飾りつけを主導したのは、ひよりと美咲だった。
「もう少し、右やって」
「右?」
「そっちは左!」
「ツリーから見たら右やろ?」
「何でツリー目線なん?」
「相手の立場に立つことは大切やん」
「ツリーに立場はない!」
そんな言い合いをしながら二人が飾りつけをしていると、商店街を歩いていた子どもたちも集まってきた。
「私もやりたい!」
「星、つけてもいい?」
「この丸いやつ、どこにつけるん?」
ひよりと美咲は、子どもたちへ飾りを手渡した。
高い場所は二人が担当し、低い枝には子どもたちが思い思いに飾りをつけていく。
赤いボール。
金色のベル。
小さな雪だるま。
折り紙で作られた星や靴下。
飾りの位置は少し偏っていたが、それも手作りらしくて悪くなかった。
「ひよりお姉ちゃん、見て!」
一人の女の子が、画用紙で作ったサンタクロースを差し出した。
赤い帽子の下には、丸い目と大きな口が描かれている。
「かわいいやん。自分で作ったん?」
「うん。ここにつける」
「そこやったら、外からも見えるな」
「美咲お姉ちゃん、こっち手伝って!」
「はいはい。順番な」
店内からその様子を眺めていた千鶴は、楽しそうに笑っていた。
「にぎやかでええねえ」
「店の前ふさいでるだけやろ」
義雄がカウンターの中から言う。
「子どもが集まる店は、ええ店やで」
「コーヒー飲まへんけどな」
「十年後には飲みに来てくれるかもしれへんやろ?」
「気の長い客集めやな」
「義雄さんも手伝ってください!」
店の外から、ひよりが声を上げる。
「俺は忙しい」
「今、カップ拭いてるだけですよね?」
「忙しくカップを拭いてる」
「星を一個つけるくらい、できるでしょ」
「お前らでやれ」
そう答えていた義雄だったが、ツリーの一番上に星が届かないと分かると、黙って踏み台を持ってきた。
「義雄さん、やっぱり優しいですね」
「店の前で転ばれたら困るだけや」
「はいはい」
「何や、その言い方は」
ひよりが笑いながら星をつけると、子どもたちから拍手が起こった。
完成したツリーは、少し不揃いで、少し派手だった。
それでも夕方になって電飾がともると、喫茶こもれびの古い木製の扉を温かく照らした。
SNSのおかげで、喫茶こもれびは今や寝屋川一、いや、北河内一の有名店になりつつあった。
主に石田のせいだった。
『身近な謎を解く看板娘がいる店』
『恋の悩みまで解決する北河内の恋のキューピッド』
『クリームソーダと人情の隠れた名店』
いつの間にか、紹介文は投稿されるたびに大げさになっている。
遠方から訪れる客も増えたが、それでも客足はぼちぼちだった。
もともと人通りの多い場所ではなく、店内も決して広くない。
もしSNSで紹介された人たちが一度に押し寄せたら、座る場所どころか、義雄が逃げる場所もなくなる。
「何で俺が逃げるんや」
「義雄さん、人が多いと機嫌悪くなるやないですか」
「忙しかったら誰でも機嫌悪なる」
「接客業の人が言っていい言葉ちゃいますよ...」
そんな会話を交わしながら、こもれびはいつもどおりの速さでクリスマスを迎えた。
十二月二十五日。
街ではクリスマスソングが流れ、通りを歩く若者の多くが二人連れだった。
昼過ぎの喫茶こもれびでは、ひよりと美咲が窓際のテーブルへ並んで座り、顔を伏せていた。
「はあ……」
「はあ……」
二人のため息が、ほとんど同時に漏れる。
千鶴が空になったカップを下げながら、呆れたように二人を見た。
「ひよりちゃん、せっかくのクリスマスやから休みにしてあげたのに、何でここにおるのよ。美咲ちゃんまで」
ひよりはゆっくりと顔を上げた。
「周り、彼氏ばっかりなんです」
泣きそうな声だった。
「彼氏のおらん私たちは、暇なんですー」
「そうなんですー」
美咲も同じような声で続ける。
「二人でどっか遊びに行ったらええやん」
「行きましたよ」
「駅前もショッピングモールも、恋人ばっかりでした」
「映画館も二人組ばっかり」
「喫茶店に入ろうとしても、限定ペアセットとか書いてあるし」
「二人で頼んだらええやん」
千鶴が言うと、ひよりは首を横に振った。
「私たちが求めてる二人組は、これじゃないんです」
「知らんがな」
義雄がカウンターの中から言った。
「義雄さんには分からないんですよ」
「何がや」
「若い女性がクリスマスに彼氏もおらず、行く場所までなくして、最後にバイト先へ戻ってくる悲しさがです」
「俺には関係ない」
「冷たい!」
「コーヒーは温かいぞ」
「うまいこと言ったつもりですか?」
「別に」
義雄は二人の前へ、温かいコーヒーを置いた。
「これ、頼んでませんけど」
「水だけで二時間おられたら邪魔や」
「ひどい言い方!」
「でも、ありがとうございます」
美咲はすぐにカップへ手を伸ばした。
「美咲、裏切るん?」
「温かいものに罪はない」
「それはそうやけど」
ひよりもコーヒーを一口飲んだ。
店内には、クリスマスらしい飾りがいくつか置かれている。
窓には雪の結晶をかたどった紙飾りが貼られ、カウンターの端には小さなサンタクロースが座っていた。
外のツリーは、昼間でも赤や金色の飾りがよく目立っている。
「せっかく飾りつけ頑張ったのになあ」
ひよりが窓の外を見ながらつぶやく。
「まさか当日を、ため息ついて過ごすとは思わんかった」
「来年までには、何とかしような」
美咲が言う。
「何とかって?」
「彼氏」
「相手もおらんのに?」
「そこから何とかするねん」
「計画が大ざっぱすぎるやろ」
「ひよりは謎を解けるんやから、自分に彼氏ができへん謎も解いたら?」
「それは謎やなくて、相手がおらんだけです」
「自分で答え出してるやん」
二人が再びため息をついたとき、店の扉が開いた。
入ってきたのは、赤い帽子をかぶった小学生の女の子だった。
飾りつけを手伝ってくれた子どもの一人だ。
「ひよりお姉ちゃん、外に変なんあるで」
「変なん?」
「ツリーの下に箱が置いてある」
ひよりと美咲は顔を見合わせた。
店の外へ出ると、ツリーの根元に二つの小さな箱が置かれていた。
一つには『ひよりお姉ちゃんへ』。
もう一つには『美咲お姉ちゃんへ』。
どちらも赤い包装紙で包まれ、金色のリボンが結ばれている。
「私たちに?」
「誰からやろ」
美咲が辺りを見回したが、それらしい人物はいない。
「まさか……」
ひよりが箱を両手で持ち上げる。
「秘密の相手からのクリスマスプレゼント?」
「あり得る」
美咲の目が輝いた。
「私たちが寂しそうに歩いてるのを見て、勇気を出して置いていったとか」
「二人同時に?」
「私ら二人を好きな男二人組がおるんかもしれへん」
「そんな都合のいい二人組、おる?」
「クリスマスくらい夢を見させて」
二人は箱を抱え、急いで店内へ戻った。
「千鶴さん、見てください!」
「どうしたん、その箱」
「ツリーの下に置いてあったんです」
「私たち宛てです」
千鶴が目を丸くする。
「まあ。誰から?」
「それが分からないんです」
「差出人の名前がない」
箱には、小さなカードが一枚ずつ添えられていた。
『いつもありがとう。だいすきです』
ひよりはカードを胸へ当てた。
「だいすきです、やって」
「私にも同じこと書いてある」
「美咲、これは来たかもしれへん」
「とうとう私らにも、春が」
「今、冬やけどな」
義雄が言った。
「雰囲気を壊さんといてください!」
「知らん相手からの食べ物やったら食うなよ」
「まだ食べ物とは決まってません」
「まず誰が置いたか確かめた方がええんちゃう?」
千鶴に言われ、ひよりはカードを見つめた。
文字はすべて平仮名で、一文字ごとに形が違っている。
『い』は右上がりで、『つ』は妙に大きい。『も』だけが濃く、その隣の『あ』は線が細い。
「これ、一人で書いた字じゃないかも」
「どういうこと?」
「一文字ずつ、書いた人が違う」
ひよりはカードを美咲へ見せた。
「筆圧も文字の大きさもばらばらやろ?」
「恋人候補が増えた?」
「何でそうなるん」
包装紙の端には、銀色の細かな粉が付着していた。
ひよりが指で触れると、きらきらと光る。
「これ、ツリーの飾りにつけたラメと同じや」
「言われてみれば、この包装紙も見覚えあるかも」
美咲が箱を裏返す。
「飾りを作ったときに使ったやつちゃう?」
包装紙の角には、乾いた白いのりが少しだけはみ出していた。
リボンの結び目も左右で大きさが違い、大人が包んだにしては不格好だった。
ひよりは、店の入口に立っている女の子を見た。
「これ、誰が置いたか知ってる?」
「知らん」
女の子は答えたが、すぐに目をそらした。
「本当に?」
「知らんもん」
「右のポケットから、金色のリボン出てるで」
「あっ」
女の子が慌ててポケットを押さえる。
同時に、店の外から小さな笑い声が聞こえた。
ひよりが扉を開くと、ツリーの陰や店の壁際から、子どもたちが次々と姿を現した。
「やっぱり、みんなやったん?」
「ばれた!」
「早すぎる!」
「まだ五分しかたってへん!」
子どもたちは口々に不満を言いながら、店内へ入ってきた。
「どうして私たちに?」
美咲が尋ねる。
「飾りつけ手伝ってくれたから」
「お菓子くれたから」
「ひよりお姉ちゃん、いつも話聞いてくれるし」
「美咲お姉ちゃん、折り紙教えてくれた」
「それで、みんなで用意してくれたん?」
子どもたちは一斉にうなずいた。
「カードも一文字ずつ書いた!」
「僕、『だ』書いたで」
「私は『す』」
「『き』は私!」
「何で一番大事なところだけ取り合いになってるん」
美咲が笑う。
箱を開けると、中には手作りの飾りが入っていた。
ひよりの箱には、黒いエプロンをつけた女の子の紙人形。
胸元には赤いサクランボが二つ描かれている。
美咲の箱には、緑色のクリームソーダを持った女の子の紙人形が入っていた。
「これ、私?」
「うん。看板娘」
「じゃあ、こっちは私?」
「看板娘の友達」
「私には肩書きないん?」
「美咲お姉ちゃん」
「名前が肩書きになってる」
二人は顔を見合わせた。
秘密の相手からの贈り物ではなかった。
春も来ていなかった。
それでも、先ほどまでの寂しさは、いつの間にか消えていた。
「ありがとう。大事にするね」
ひよりが言うと、子どもたちはうれしそうに笑った。
「ツリーに飾って!」
「ええの?」
「うん。クリスマス終わっても置いといて」
「ツリーは片づけなあかんけど、店の中に飾っとくね」
千鶴が約束すると、子どもたちから歓声が上がった。
「ほんなら、せっかくやからみんなでケーキ食べよか」
「やった!」
「ケーキあるん?」
「この日のために用意してたんよ」
千鶴が冷蔵庫から大きな箱を取り出す。
「義雄さん、聞いてませんけど」
「俺も今知った」
「昨日から冷蔵庫に入ってたやろ」
「店の材料やと思ってた」
「義雄さん、冷蔵庫の中を把握してるんちゃうんですか?」
「余計なこと言うな」
切り分けられたケーキが、子どもたちへ配られた。
義雄は人数分の温かいココアを作り、ひよりと美咲の前には新しいコーヒーを置いた。
「義雄さん、さっきも飲みましたよ」
「冷めてたやろ」
「もしかして、クリスマスプレゼントですか?」
「違う。店からのサービスや」
「じゃあ、ありがたくいただきます」
窓の外では、ツリーの電飾が光り始めていた。
その周りを、買い物帰りの人たちが足を止めて眺めている。
店の中には、子どもたちの声と、千鶴の笑い声が響いていた。
「ひより」
美咲が小さな声で呼びかける。
「何?」
「彼氏はできへんかったけど、今日はこれでよかったかもな」
「今日だけやで」
「来年は?」
「来年までには何とかする」
「何とかって?」
「それは、これから考える」
「計画、大ざっぱやなあ」
「美咲に言われたくない」
二人は笑いながら、ツリーへ飾られた紙人形を見つめた。
クリスマスは、恋人たちだけのものではない。
一緒に笑ってくれる友達がいて、自分たちを慕ってくれる子どもたちがいて、温かいコーヒーを黙って出してくれる人がいる。
それだけでも、十分に特別な一日になる。
「ひよりちゃん、美咲ちゃん」
千鶴が二人へ声をかけた。
「来年も、飾りつけ頼むね」
「任せてください」
「次は、もっと大きいツリーにしましょう」
「置く場所ないやろ」
義雄がすぐに反対する。
「店の屋根まで届くくらいのやつ」
「どこにしまうんや」
「一年中出しときます?」
「喫茶店やなくなるわ」
子どもたちが笑い、ひよりと美咲も声を上げて笑った。
その年のクリスマス。
二人のもとに、秘密の恋人は現れなかった。
けれど、ツリーの下には、恋人からの贈り物にも負けないほど温かな気持ちが置かれていた。
喫茶こもれびの小さなツリーは、夜になっても店の前を優しく照らし続けていた。




