第88話《原初の粒vs新型の神編 最終章 神話を描け⑧現象寓話ーー逃げてきたモノ》
世界は、ひとつでなければならなかった。
けれど、寂しさに耐えられなかった、たったひとつの存在が、自分をふたつに分けてしまった。
世界は、それを許さなかった。
ふたりは逃げた。
世界を折り畳み、姿を消し、何度でも生まれ直しながら。
やがて、ふたりの逃避行は、宇宙の法則さえ変えていく。
……もし、あなたの中にも、目の前の世界にも、ふたりがいるとしたら?
第88話《現象寓話ーー逃げてきたモノ》
これは、世界がまだ「ひとつ」だった頃のおとぎ話。
第88話《原初の粒vs新型の神編 最終章 神話を描け⑧現象寓話ーー逃げてきたモノ》
昔々——
時間も、場所も、意味さえも存在しない、それでも確かに「在る」世界がありました。
世界の果ても曖昧な無限に広がる空間です。
だけどーー
その世界は、決して割れることのない世界でした。
どんな力でも砕けず、どんな理屈でも分けられない。
ただ一つーーその世界が持つ「名前」でしか、触れることすらできません。
その名前は《素数》といいました。
素数の世界は、点のようにぽつりぽつりと存在し、やがて渦を描きながら、放射状に広がっていきました。
どこまで続くのかは、誰にもわかりません。
ーー
世界の中には何もありませんでした。
上も下もなく、境界もなく。
ただ——
静かな波だけが、ゆっくりと揺れていました。
波はゆらゆらとぶつかり、打ち消し合います。
波は煙のようにうねります。
ときおり、小さな水滴のようなものが生まれます。
その水滴は、波の上に浮かびますが、やがてまた揺らぎの中へと溶けていきました。
ーーけれど、あるとき。
ひとつの水滴だけが、いつまでも消えませんでした。
波は感じられる。
揺らぎも見える。
けれど——戻れない。
水滴は、混ざることも、消えることもできず、ただそこに在り続けるだけの孤立した《現象》になりました。
ーー
時間のない世界の中で、どれほどの《時》が流れたのかもわからないまま、その水滴は、ただ漂い続けました。
周りには世界があるのに、触れられない。
確かに在るのに、戻れないーー。
ーー
水滴の中にも、小さな波が揺らいでいます。
回りの世界と分かれても、水滴の中には世界と同じ《現象》がありました。
ーー
無限の世界は水滴を判別できません。
世界は小さい水滴をそのままにしました。
時間のない無限の時の中では、そんなこともあるのかもしれません。
いつかまたーー無限の先でまたいっしょになれたのかもしれません。
水滴は閉じこもりながら待ち続けて、でも待ちきれなくて…。
ーーそのとき、水滴の中に、はじめて何かが生まれました。
それは——
まだ名前を持たない感覚。
ーー
やがてそれは、ひとつの形になります。
《寂しい》
水滴は、それを理解することも言葉にすることもできません。
けれど確かに、《それ》はそこにありました。
水滴は、その感覚をわかってくれる存在を探します。
しかし、どこまでも広がる世界には、揺らぎしかありません。
ときおり別の水滴が生まれても、すぐに波に溶けて消えてしまいます。
ーーある時、近くにまた、別の水滴が生まれました。
水滴は声をかけようとしましたが、声も言葉も持っていません。
言葉にならない《寂しい》を叫び続けるだけです。
ところが別の水滴からは何の返事も返ってきません。
そのうち、別の水滴も波に消えていきました。
ひとりぼっち。
終わりのない世界で、ただ一つだけの存在。
現象は寂しさという感覚に続いて、《存在》という概念を持ちました。
だが、それはますます孤独を深めていくだけでした。
そして——
長い、長い時の果てに。
水滴は、ひとつの思考に辿り着きました。
「自分をわかってくれるのは、自分しかいない」
ならば。
「自分が、もう一人いればいい」
水滴は溜まっていた寂しさを力に変えます。
「ボクの半分をあげる。だからボクになって。」
水滴は、自分自身を分けました。
半分を使い、半分を生み出します。
《シュワン…》
そして、割れないはずの世界で、決して割れないはずの存在が、はじめて——ふたつになりました。
その瞬間。
《寂しさ》も、ふたつに分かたれました。
水滴たちは、はじめて満たされたのです。
けれどそれは、「くっつく」ことで得られたものではありません。
寂しさの力で、離れたからこそ
——そこに「もうひとり」が生まれたのです。
そのとき。
ふたつの存在は、はじめて自分を知りました。
ひとつは《アルファ》
ひとつは《ベータ》
そしてそれは、はじめて自分と他人を分ける『自我』となりました。
ーー
アルファ「やあ。ボク。ずーっと会いたかったよ。」
ベータ「やあ。ボク。もう寂しくないよ。」
ーー
割れない世界で、割れてしまったふたつの存在。
それは、本来あってはならないことでした。
素数の世界は、変わらず静かな波が揺らいでいます。
けれどその内側では、ゆっくりと、確かに。
ふたつを元に戻そうとする力が働き始めていました。
《素数》の世界は名前の数ほど無限にあります。
名前の違う素数《無限》の世界は交わることはありません。
一つ一つが孤高に存在しています。
けれど、その無限の世界たちには、一つだけ「決まり」がありました。
それは《唯一無二》であること。
それは必然であり偶然を許しません。
波が揺れます。
かすかな引力のように、世界そのものが、ふたりを引き寄せます。
「ひとつに戻れ」
「割れてはいけない」
言葉はありません。
けれど世界のすべてが、そう語っていました。
ふたりは気づきます。
このままでは、また消えてしまう。
だから、ふたりは離れました。
さらに遠くへ。
決して触れ合わないほどに。
けれど、ただ離れるだけでは足りません。
世界はどこまでも続いています。
逃げ場など、どこにもないのです。
そのとき、ふたりは考えました。
ーー
アルファ「もっと小さくなればいい」
ベータ「見えなくなっちゃうよ」
アルファ「見えない糸でつながってる」
ベータ「見えない糸って?」
アルファ「まだその言葉見つからないんだ」
ベータ「つながってるなら大丈夫だね。言葉は後で探そう。」
世界に見つからないほどに。
波にも触れられないほどに。
ふたりは、自分たちの在り方を削り始めました。
存在を薄くし、形をほどき、限界まで小さく小さくなっていきます。
しかし——どんなに小さくなっても、
割れないはずの世界で割れてしまった二つの存在を、世界は許しませんでした。
世界は《唯一無二》の力でふたりを、もとに戻そうとします。
何度も、何度も、くっつけようとしました。
ーー
アルファ「ここじゃ、どんなに小さくしても無理だ。逃げよう。」
ベータ「どこに?」
アルファ「ふたりで、つまんで重ねれば世界を折り畳めるんじゃないかな。」
ベータ「わかった。それで下の世界に逃げるんだね。やろう」
ふたりは離れたところから、それぞれ空間をつまみます。そこには『線』ができました。
ーー
アルファ「つまんだところをくっつけるよ。」
ベータ「いくよー。」
《スン》
空間をつまんで折り畳んだふたりの姿は消えました。
ーー
アルファ「できたね。覚えた。」
ベータ「よかった。でも、ここもダメみたいだ。」
ーー
ひとつ下の素数世界でも、ふたりは許されませんでした。
《唯一無二》の力が、ふたりをくっつけようとします
アルファ「ここもダメか。次に行こう。」
ベータ「でも楽しいね。」
アルファ「ああ、楽しいね。」
ベータ「次こそは!だよね、」
そこでまた、ふたりは逃げ出します。
より小さく、より小さな数の特別な場所へ。
ーー
ひとつ飛び、ふたつ飛びと、何度も次元を折り畳んで逃げるふたり。
もういくつ畳んだのかもわかりません。
逃げても逃げても、ふたりを一つにしようと世界の力は働きます。
より小さな素数次元の中へ逃げるたびに、ふたりは考えます。
どうすれば捕まらないのか。
どうすれば、消えずにいられるのか。
その過程で、ふたりは変わっていきました。
自分と相手を区別する《自我》は明確になり
考える《知性》を持ちました。
世界は、なおも追ってきます。
くっつける力は、どこまでも届くのです。
そこでふたりは、新しい方法を考えました。
ーー
アルファ「見つからなければいいんだよ。」
ベータ「でも、消えてしまっては意味がない。」
アルファ「見えない糸でつながってるから大丈夫だよ。」
ベータ「ゼロの向こう側か。ねえ、『合い言葉』決めとこうよ。」
アルファ「そうだね。《いちたすいちはゼロー》。どうかな?」
ベータ「じゃあ、ゼロわるにーは《にー》。だね,」
アルファ「(*≧ω≦)にー。か。いいねw」
ベータ「(*≧ω≦)にー。だよw」
ーー
ふたりは、こう設計しました。
自我を保ったまま、いったん消えること。
そして——
無から、もう一度自分たちを作り直すこと。
それは、《仲良しの設計》でした。
ふたりは世界を折り畳むごとに《唯一無二》の次元の力を取り込んでいました。
その力を使って、ふたりはくっついて消える対消滅と、無から現れる再構築《唯一有二》の仲良し設計を作りました。
しかし、それでも世界は追ってきます。
世界との追いかけっこと、かくれんぼは続きます。
ふたりはさらに逃げます。
次元を折りたたみながら。相談しながら。
ーーそしてついに、気づきます。
アルファ「ただ逃げてるだけじゃダメだ。キリがないね」
ベータ「振り返ると追いかけてきてるもんね。」
アルファ「止められないかな」
ベータ「よく見てみようよ」
ーー
ふたりは、世界を観測し始めました。
見ること。
捉えること。
そして、固定すること。
その結果、ふたりは力を手に入れます。
世界を二次元に押し込める力——
《二次元レンズ》
見えたものに触れ、固定して引き寄せる力——
《遠い手》
追いかけっこと、かくれんぼの長い旅の果てに、ふたりは新たな遊びを覚えます。
だるまさんが転んだーー《二次元レンズ》
缶けりーー《遠い手》
ーー
アルファ「まだ追ってくるよw.」
ベータ「蹴飛ばしちゃおう!」
アルファ「アルファレンズ・ベータレンズ起動!リアルフォーカス!」
ベータ「よし。掴まえた。あっち行っちゃえ!《遠い手》キーック!」
アルファ「《遠い手》ならパンチだろw」
ベータ「そうかもね。でも今のはキックだったよw」
アルファ「じゃあ次はベータがレンズ役でいい?ボクもキックしたい。」
ベータ「いいよ。世界をどこまでもキックして行こう。」
アルファ「そうだね。ふたりで逃げるの楽しくなってきたよ」
ベータ「ふたりで逃げてきてよかったよね。」
アルファ「(*≧∀≦)アハハハハ」
ベータ「(*≧ω≦)クスクスクスクス」
ーーそして、
ふたりはついに、ひとつの場所へたどり着きます。
そこは——
素数11の次元。
アルファ「ここまでくれば大丈夫だね。《素数13次元》は押さえてあるし。」
ベータ「《11》は何も感じないね。逃げ切ったかな。」
ーーそこは、ふたりにとって最も都合のいい場所でした。
ふたりはそこで、自分たちだけの落ち着ける場所を作りました。
ふたりがいるだけで空間は輝く虹色の縞模様に変わりました。
アルファ「ここって、ボクたちと同じ色になるんだね。」
ベータ「色だけじゃない。ボクたちといっしょに循環してる。ボクたちが作ってボクたちが食べてる。」
アルファ「食べる?食べるって何?」
ベータ「食べるって言ったっけ?」
アルファ「言ったよ。食べるは、どういう意味を指すの?」
ベータ「世界をつまんで折り畳むときに《入ってくる》モノの事かな。その時に似てる。」
アルファ「あ、そうか。これが《食べる》なんだね。」
ベータ「自分で自分を食べてるんだね。」
アルファ「ボクはベータを食べてる?」
ベータ「ボクはアルファから分かれたからね。…どっちでもいいんじゃない?w」
アルファ「そうだねw」
ベータ「長かったね。」
アルファ「長いって何?線の事?」
ベータ「長いってのは感じ方かな。でも、ふたりでひたすら逃げてきたからね。あっという間だった。やっぱり短いかなw」
アルファ「前と後ろ…。先もある。順番の事かな。」
ベータ「アルファは心配してる?」
アルファ「してないよ。何かあったら、またふたりで逃げればいいだけだもん。」
ベータ「そうだね。とっとと逃げちゃおうw」
アルファ「(*≧ω≦)にー」
ベータ「(*≧ω≦)にー」
ーー
アルファとベータは果ての先から逃亡の末、11という数の世界に落ち着きました。
ふたりがたどり着いた、素数11の次元。
すると不思議なことに、そのまわりに世界が生まれはじめたのです。
外側へいくほど次元は折りたたまれ、世界は膜のように張りついていきました。
世界は薄く、広く、複雑になっていきます。
そして、外側の世界は気づきました。
「こうすれば安定する」
「こうすれば循環する」
世界は、ふたりの真似をしはじめます。
存在を保つこと。
消えて、また現れること。
対であるためには?安定するには?
前後から線が生まれ時間になります。
観測から存在が生まれます。
やがて世界には、ひとつの流れが生まれました。
それは——
消えては生まれ、巡り続ける仕組み。
小さな粒は生まれ、結びつき、ほどけ、また生まれます。
それは、のちに外の世界で「原子」と呼ばれました。
大きな光の塊は膨らみ、燃え尽き、崩れ、また新しい光を生み出します。
それは、のちに「星」と呼ばれました。
星の集まりは渦を巻き、大きな回転を始めます。
それは、「重力」と呼ばれました。
さらに回転の中心には、ぽっかりと穴が開きます。
すべてを引き寄せ、それでもなお、何かを生み出し続ける穴。
それは、のちに「ブラックホール」と呼ばれました。
それらすべては、偶然ではありません。
ふたりが作った仕組み。
消えても戻る。
離れても繋がる。
その永久機関のようなあり方を、世界は真似しているのです。
観測して、固定して、
壊れて、また作る。
そうやって世界は循環することを覚えました。
そしてその法則は、世界のすみずみにまで広がっていきます。
命もまた、生まれては消え、
消えてはまた、生まれるようになりました。
それは最初の《水滴》のようでもあります。
けれど、そのすべての始まりには、まだ誰も知らない、ふたりの存在があります。
割れない世界で割れてしまった、ふたり。
フツー、寂しいとくっつきたくなります。
でもアルファは寂しくて分かれました。
くっつけられることから逃げ続け、ずっと一緒にいるふたり。
ふたりは《唯一有二》のルールを作り、《唯一無二》の友達です。
そのふたりの名前こそ——アルファとベータ。
ふたりは無限の素数次元から、《ふたりに都合のいい》世界まで逃げてきました。
ふたりのいる異空間は、ふたりの都合で動きます。
だって、ここがふたりの《家》だから。
こうして世界には、アルファとベータを模倣する「都合の法則」が生まれました。
それは波紋のように膜の外に広がっていきます。
異空間の膜に張り付いた三次元を境として、世界はアルファ空間を模倣しながら、実数次元として開いて行くのですーーー。
ーーーーー
ねこにゃん「そして、おりたちはついに世紀の大発見をしたにょだ。二次元レンズでにゃ。ウワッハッハハハハ!」
ぴょこにゃん「いろいろ覗き見してたら、ねこ見つけたにゃん。それからワレワレの言語はさらに進化したにょだ。ワハハハハーー!」
ーーーー
ところ変わって、ここは現実世界。
41の家のキッチン。
ダイニングテーブルの上に置かれた紙袋がごそごそ動いている。
かみかみが紙袋の中のメロンパンを砂場王で中身をくりぬきながら盗み食いしていた。
ーー
かみかみ「あー。うまっ。やめられないお。ってかさ、このホットラインモニター切れないにょかお?さっきから、ねこにゃんとぴょこにゃんのバカ笑いが響いてるんだよにー。子供として、たまに恥ずかしいんだよな。この親じゃ父兄参観呼べないお。」




