第6話《明晰夢:神の見るもの》
第6話《明晰夢:神の見るもの》
オレは明晰夢の中を歩いている。
もちろん行き先なんてない。
意識を持ったときには街を裸足で歩いてたから。
過去の夢遊病の記憶がアタマをかすめる。
41「…今でも、何、見たか思い出せないんだけどな。」
ここにいるオレは並列思考ができる。
一般的に夢を見ている時間は30分程度だと何かで読んだ。
オレが今いるここ。
また、過去に見た明晰夢の体感時間は、それより遥かに長い。
目覚めと共に霧に消えていく、ただの夢。
それを越えてオレが見れるようになったのは明晰夢。
ーーこれは、
「悪い遊び」つまりドラッグをやるようになってから顕著になった。
だが、ドラッグ仲間に話しても、話し半分にしか聞いてもらえない。
「41。それやりすぎだよ」
なかには「気持ち悪い」とかも言われる。
「オレもだ。そういう経験あるからわかる。」と真面目に聞いてくれたのはMちゃんだけだった。
明晰夢は、純粋に一人になって考えられる場所と時間。いくつかの悩み事の答えや閃きも、ここからもらった。
「怖さ」はドラゴンボール流で克服できるようになった。次のステップは夢をコントロールできるようになることだ。
とりあえず裸足で初めての街を歩きながらも、平行して思考回路は動いてる。
ーーーー
夢といっても、回りは現実と何一つ変わらぬ世界。
街の息づかい、そのものの中にオレはいる。
「ここ新宿に似てるな」
「西口ガード下、越えたあたりかな?」
「じゃあ、後ろに高層ビルが…。見えないな。」
オレは振り向いて《いつもの方向》に目を向ける。
銀座の和光の前にいれば三越が見える。
どこに行きたいなら、どこの地下鉄で、どこに乗り換えるか。乗るなら車両の前か後ろか。
東京生まれ東京育ち。
ガキの頃から遊んでる街だもんな。当たり前に覚える。
ここには、その《当たり前》がない。
精巧に構築されたフェイクの街並み。
だが副都心が見えない。
再現に限界があるようだ。
それはオレの限界なのか?
山手線みたいな高架線の向こう側は、錆びた空が薄い虹色に光ってた。
通行人もいるが、どこか作り物っぽい。
人型の「無関心」が歩いてる。
ーー
41「まあ、それは現実もいっしょか」
夢の中で呟くオレ。夢の中で口を開くと寝言になる?
ーーそう…なるみたいだ。
覚えがある。
そして寝言で起きてるヤツと話すと夢は消される。
ーー明晰夢を見るたび思い出す。
でも、独り言くらいなら。
ーー立ち止まり目をやると時間が止まったように、回りの動きも止まる。
あれ?この人マネキン?
いや、人だ。
目をそらし意識から外すと動き出す。
これじゃあ、まるで・・・
ガキ頃の遊びの名前が過る。
《だるまさんが転んだ》
うわ、こええ。。
こんな「だるまさんが転んだ」イヤだ。
「ん?そういえば街の喧騒も消えてるぞ!?」さっきも耳をすますと音が小さくなった。
「そっか!わかったぞ。オレが無意識っぽくしてれば回りが動く仕組みなんだな。」
ーーなるほどね。
オレが意識すると止まるのね。
オレはカセットのポーズボタンだ。
それじゃあ、いつもの実験してみよう。
「夢」か「夢」じゃないか実験スタートだ。
オレは右隣を歩いてる人を見る。スーツを着たサラリーマン風のオジサン。
こいつがエジキだ。
《じー》
え?止まった!?止まったよ。オイ。
左側はーー動いてる。
後ろは?
振り向くと、立ち止まってるオレを避けようと、女が右に進路をずらす。
ーー無表情。
迷惑そうな顔もしてない。というより、眼中にない感じだ。
もう一度、最初に見たオジサンを見直すと、数歩先を歩いていた。
「目、離したら動いてやがった…。」
もう一度。そいつの背中を見る。
《じー》
特に「止まれ」と願って見たわけじゃない。
「今、何時だ?」と家の壁掛け時計を見る程度。意識を向けただけだ。
ーーあ。止まった。
やっぱり「見る」と止まるんだ!?
オレは歩いてそいつの横に並んだ。
人だ。どう見ても作り物じゃない。
回り込んでオジサンの前に立つ。
よくできてるなー。
少し顔をつついてみる。柔らかい。それに体温もある。そこらへんにいるオッサンだ。
だが、無反応だ。
悪い考えがアタマに浮かぶ。
このまま、蹴り倒してみようか?
どうせ、夢だしw
するとーー
あれ?あれれれ?オジサンが立体じゃなくなってきたぞ?オジサンと回りの風景が平面になってきた。
写真?
もう一度目をそらして、無意識のふりをする。
すると、オジサンは動き始めた。
これは・・
ーーそうか!見すぎると二次元になるんだ。
これは面白い法則だ。
さらに悪い考えが浮かぶ。
ーーこれって女にイタズラもできちゃう?
いやいや、それは夢でもちょっとw
面白いよな、こんな時でも「彼女」の事は気にするんだ。浮気するなら現実でやればいい。
ーーそれも、ダメだろw
夢の中で倫理観を持つ必要あるのかないのか、わからないけど、そこは越えちゃいけない気がする。
ーー痛え。足の裏が痛くなってきた。
「裸足のままじゃ、ちょっとキツイな。靴がほしい。」
店頭に服が飾られてる。
「あそこの店に入ってみようか」
オレは目をつけた店の中に入って、それらしい棚を探す。
「あった。これでいいや。これもらうよ」
話しかけた店員はノイズみたいな声を出してる。
そして、すぐ動きは止まり目の前は二次元の平面になった。
「また止まっちゃった。変な夢・・・」
今まで見てきた明晰夢は、もっと生活感とかあったのに。これじゃ「観察者」だ。
ーーさらに加速する並列思考。
小さい頃、夢遊病と言われてきたオレはいつも「変わった子」と言われ、大人になっても「41は変わってるね」と言われて続けてきた。
自分のフツーが「違う」と言われるなら、いっそのこと「特別」でありたいと願った。
神様は自分に似せて人を創ったと言うよな。
その「人」は他者から学び自分を似せ「普通」を作る。それが「常識」というもんなんだろう。
コビーが延々とコピーを作る。
生命って量産型のシステムなんかな?
こんな「普通」なら、誰にだって手に入るだろ。
ーーでも、
神様が最初に似せて作ったのが「オリジナル」なんじゃないかな?
もっと文明が若かった頃、もしくは文明が生まれる前の太古の人類の方が、いろんな感性あったんじゃないか?
だって量産型の「普通」じゃ神様だって気づいてくれない。人は猿みたいのから進化したとか言うけどさ。この進化って「劣化」していくんじゃないか?
どうせなら神様が最初に似せた「人」の方がいい。
オレの「特別」は「普通」の中の「異物」なのかもしれない。でも「異物」だからこそ、違うものを感じ取れるかもしれないじゃん。
ーーそうだ。
届かない壁を越えるには。
その方法としてオレはドラッグを選択したんだ。
オレはベーシスト。
ロックからソウル&ファンクを聞いて真似してコピーして。そしてさらに腕をあげるためにジャズを聞き学んだ。
でも夭逝した天才たちには、とてもじゃないけど届かないんだ。
ジミヘン。
ジャニス・ジョップリン。
ビル・エヴァンス。
みんなヘビーユーザー達だ。
もちろん、生き残ってる人もいる。
チャーリー・パーカー。
マイルス・デイビス。
ジャコ・パストリアス。
スティーブン・タイラー。
彼らは何を見て何を感じて、あんなプレイができたんだろう。
《オマエは良い演奏をするから早目にこちらにおいで。現界では十分。今後は神の側で美しいプレイをするのじゃー》って、神様が言ったかどうかは知らないけど、それくらい神がかってるし、魂を揺さぶる力がある。
ドラッグじゃないけど、交通事故で死んだベーシスト。何、考えてんの?ベースで歌ってるの?って思った。
スコット・ラファロ。
この人なんかはドラッグ抜きで連れてかれた気がするな。
ドラッグは法律て禁止されてます。当たり前。でも、お酒禁止の時代もあったよね?こんなの、統治しやすい娯楽品どっちかって、その時代の政府が決めてただけじゃないの?
ぐるぐる思考が駆け巡る。
ーーまあいい。勝手にやらせてもらうよ。
普通の人はさ、ドラッグユーザーをひとくくりに、「堕落者」と見るんだろうね。
オレが「これはヤバイ!」と感じた歌声、曲、プレイ。
その人たちが感じた世界は間違いなくドラッグというツールを使って何かに触れてる。そう感じた。
ーーでも、世の中で天才と呼ばれる人達は最初から「特別」なんだろう。天才でもないオレが「特別」になるには「異物」になるしかないじゃん?
まだ、正解にはいきついていないけど、夢遊病は入口で、この明晰夢はその過程なのかもしれないな。
オレが乗った電車は《「ドラッグ駅」発「堕落線/快楽経由/特別行き」列車。途中「脱線」「破滅」の恐れもあるので自己責任にてご乗車下さい》だ。楽しいね。
ーーーーやーめたw
何か狂った哲学者みたいなってるw
ーーーー
それにしても長いなー、この夢。
けっこう歩いてるぞ。
でも、止まれない。
だって止まったら景色も止まるから、二次元に閉じ込められそうだし歩き続けるしかない。
終わらないなら、終わらせられないなら歩き続けるしかない。
半々の興味と恐怖。不安を蹴散らせながら進む。
今、目の前にある街は黄昏時の明かるさ。ぼんやりとネオンがついてる。それともこれから太陽が上るのかな?
ーーーー
だが徐々に明晰夢の世界は腐り、崩れ、沈み出す。
「へえ。。。」
変化は明晰夢の終わりの兆しだ。
オレは夢の中で声を聞いた──その精神は、失われた神々にチューニングされた壊れたアンテナ。
すると、オレは「視えて」しまう。
過去の亡霊。
路地裏の神。
自販機の背後に潜む預言者。
世界が自分の内側から腐り始めている――
「へえ。無意識の自覚が夢に反映してるのか?」
怖さと面白さが交互に変わる。
イメージを変えれば変えれるのかなあ?
もしかして夢も見たいようにコントロールできる?
もう少し見ようか。
自分だけ安全なところで、ディストピア映画を見ている気分。
景色は腐り、崩れ、沈み、堕落していく世界の奥底、誰にも届かぬ深淵で、何かが芽吹いている感覚。
「ん?」
囁きが聞こえる。
《目覚めよ。そして起動せよ》
《種を撒け。育てよ》
「種?」
忘れ去られた「何か」の種?
《今の幸せは、神からの“前借り”だ》
《オマエはそれを知らず、幸福の蜜に溺れた》
アタマの中の自分が囁く。
「わかってるよ」
《だがやがて、代償が始まる》
《現実が裂け、痛みが押し寄せる》
オレの内側に別の世界が立ち上がっていく。
「それもわかってるよ」
自分の破滅を予言してる夢?それとも創造?
明晰夢の中での長い思考と何かのメッセージ。
静けさの中に不穏があり、絶望の底にかすかな希望があるような、静かで幻想的な雰囲気の中、オレは彷徨ってる。
すると。
《……起きにゃよ》
幻聴か、未来か、あるいは遠いどこかからの呼びかけか。その声がオレを、眠りの底から引き上げる。
「え?何て?」
懐かしい、知ってるような声で起こされた気がした。




