第8回
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「ああ? なんだお前、その頭は」
木賃宿に付くなり、如何にも柄の悪そうな男にタマたちが絡まれた。
どうやら木賃宿は十畳八人で暮らすことになるらしく、先に入っていたこの男は、タマの灰色の髪を見ても“灰色猫”と結びつかないようだった。
あるいは獣憑き自体を初めて目にした可能性すらある。
「……生まれつきでな」
タマが気だるげに答えると、男はにたりと締まりのない笑みを浮かべて、
「はん、そうかい。それにしてもまさか女が来るたぁな。これはアレか? お上からのご褒美ってやつか?」
他の男たち三人と声高らかに大声で笑った。
タマはその反応に何も感じることはなかった。
どこへ行っても灰色猫のことを知らない者は同じ態度をとる。
しかし剣の腕前を目にした瞬間、その態度を一変させて、まるで化け物を見るような眼で逃げ出していくのが常だった。
だから、タマはそれ以上は答える気もない。
それとは反対に、
「なんだお前ら、獣憑きの灰色猫のことも知らねぇのか?」
クロが、鼻で笑ってバカにするように男たちにそう言った。
「あん? 獣憑き? んなもん本当にいる訳ねぇだろ、バカバカしい!」
「そんな妖怪みたいなやつらなんて見たことねぇよ」
「まさか、お前らがそれだって言うのか?」
「どこが化け物なんだ? 普通の奴らと見た目ほとんど変わんねぇじゃねぇか」
四人の男たちはそんなことを口々にタマとクロのことを嘲るように笑うのだった。
そんなやり取りを、権之助はニヤニヤしながら様子を窺っている。
「なんだてめぇ、何がおかしい」
男の言葉に、権之助は、
「そいつぁ、今まで運がよかったな」
「なんだと?」
「獣憑きを相手にしてみろ。アッと思ったときにはもうお前らはあの世にいるさ」
「ああん? 馬鹿なことを!」
そうだそうだ! と取り巻きの男たちも声を上げる。
「そんなに言うんなら、一度手合わせ願おうか!」
「お前が獣憑きってんなら、俺たち四人がかりでも問題ねぇょな?」
言うが早いか、刀を手にする男たち。
それはタマたちを脅しているかのようだったが、タマからすれば溜息を吐きたくなるほど辟易した言葉だった。
獣憑きを知らない輩をわからせるのは簡単だ。
しかし、なるべくならこのようなところで小競り合いになりたくはなかった。
このまま喧嘩を買うか、それとも適当にあしらうか――
「おお、やってみるがいい」
タマの代わりに、クロが答える。
「お前らがこいつに勝てるわけがねぇからな」
「お、おい、何を勝手に!」
焦るタマに、クロは、
「こういう輩には、どっちが上か最初に身体に叩き込ませたほうがいい」
「お? 言ってくれるじゃねぇか! んじゃぁ! 遠慮なくいくぜ? 俺らが勝ったら、今晩は俺たちの相手をしてくれよなぁ!」
瞬間、地を蹴って一斉に飛びかかってくる四人の男たち。
そんな男たちに、タマは大きくため息を吐き、静かに両脇の刀に手を伸ばした。
――本当に、面倒くさい。
タマに襲い掛かる男たちは、歓喜の表情を浮かべながら飛びかかって――
――カキンッ!
一瞬、辺りに激しい火花が散った。
それは本当に瞬きをする間もないほどの出来事だった。
男たちの手にしていた刀はその全てが地面に弾き飛ばされ、続くタマのひと蹴りによって、男たち全員の身体が地面に叩きつけられていたのだった。
男たちは何が起こったのか、全く理解できていない様子で眼を見開く。
「な、なんだよ、なんなんだよ今のは!」
「み、見えなかった! 何も見えなかったぞ!」
「こ、これが獣憑き……? 本当に……?」
「ウソだろ、おい――」
男たちの眼の色は、恐怖に染まっていた。
そんな男たちに、権之助はおかしそうにくつくつ嗤いながら、
「ま、そんなわけだ。同じ宿の仲間同士、これからは仲良くやろうじゃないの」
ぴょんぴょん跳ねるように、さっさと宿のなかへと入っていったのだった。
――カチン
タマは手にした二本の刀を鞘に納めて、いまだ倒れたままの男たちを軽く一瞥する。
「夜の相手、してほしいのか?」
その言葉に、四人の男たちは、激しく首を横に振った。
「わっはははは!」
クロも高らかな笑い声を辺りに響かせて、
「そのほうがいい! 寝首を狩られたくなかったらな!」
とんとんと、自分の首を叩いて見せたのだった。




