第1回
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それからの数日間、宿一軒八人を一班とし、十班八十人を一組として訓練はこの組ごと朝に行われた。
タマもクロも獣憑きということで免除され別動隊として動くよう指示されたが、それでも実際の傭兵足軽部隊の動きを理解するため、また、クロは実践的指南役として参加することとなった。
クロが班長となって指示を出すなか、権之助は終始やる気のない態度で何度もクロから激怒されていた。
それでもへらへらやり過ごす権之助に、クロも次第に怒る気も失せたのか、
「――ほんとうにやる気がないのだな、お前は」
肩を落として呆れるクロに、権之助は鼻の下を軽く搔きながら、
「だから最初からそう言ってるだろ?」
とおどけてみせたのだった。
「これだけ叱り飛ばしても雇い所の連中に追い出されないのが不思議なくらいだ」
「そのあたりは下手に出て、ほれ、色々と」
人の懐に入り込むのは得意なのよ、と親指と人差し指で円を作って見せる権之助に、クロもそれ以上口を出す気も失せたように黙りこくり、他の傭兵浪人へ背中を向けた。
そんなふたりを脇目に、タマは静かに訓練をこなす他の浪人たちを眺めていた。
今、目の前にいるのは一組八十人だが、これが十組八百人として一部隊となる。
木賃宿は全部で三百棟ほど城下町の周囲に配置されているので、雇われ浪人はおよそ二千四百人三部隊分ほどだった。
それらが南の海側を除く北、東、西を守るように囲っているのは、いつどこから小田原の兵が攻め込んできても対応できるようにしているのであろうことがうかがえた。
「これだけの人数を好待遇で雇えるとは、大したものだな」
クロの言葉に、タマは「そうだな」と小さく答える。
実際、これほどまでの人数の傭兵浪人が集まった戦をタマは知らない。
農民足軽も相当数いると思われるにもかかわらず、それでも待遇を好くしてでも兵数を増やしたいのはひとえに小田原の脅威ということか。
小田原――憎むべき男の仕える主の支配する国。
それは、タマがこれまで戦場で培ってきた己の腕を存分に振るうべき敵国でもあった。
そして今頃は、そんな小田原に対抗すべく、蘇芳の城で同盟の話が着々と進められているのだろう、恐らくは――
「どうした? 城の方を見て」
「いや、何でもない」
タマはハッと我に返り、城から顔を背けて、
「それよりも、権之助が抜け出していったみたいだぞ」
「な、なにぃっ?」
クロが慌てたように訓練に励む傭兵浪人たちに顔を戻すと、はるか向こう側に悠々と歩いていく権之助の背中が目に入った。
クロはその背中に、
「おらぁ! 権! てめぇどこ行く気だ!」
「いちいち聞くなよ! 雪隠だ、雪隠!」
「はあぁ? んなもん先に言っとけドアホゥめ!」
「はいはい、すぐに戻ってきますよぉ!」
背中越しに手をひらひらさせて見せる権之助に、他の傭兵浪人たちも眉間に皴を寄せている。
「逃げんなよ!」
「へいへ~い!」
全く、と腰に手をあてるクロ。
タマはそんな権之助の足取りと向かう先が、厠とは全く異なる市中方面であることにすぐに気付いた。
どうせ訓練を抜け出してまた女遊びにでも行くつもりなのだろう。
一度はタマも権之助に身体を売らないかと声をかけられたが、如何せんタマにも相手を選ぶ権利がる。
どうせ大した金にもならない相手に己の身体を易々と晒したくもなかったので断ったら、「そうかい、まぁ、細身のお前じゃ抱き心地も悪そうだしな」と厭味ったらしいことを吐いてふらふらどこぞへ行ってしまったことがあった。
実に忌々しい男である。
タマは顎で見えなくなった権之助を示して、
「止めないのか? アイツ、今日も戻って来ないかも知れないぞ」
「構うものか」
とクロはペッと唾を地面に吐き捨てた。
「どうせ戦場でも大して役に立たんだろ」
「いいのか? 放っておいても、組の規律に関わるぞ」
「むしろやる気のないアイツがいたほうが規律に関わる、そうだろう、組長殿!」
数間先で他の指導を行っていた組長の男――嘉兵衛はクロに問われて、
「あ、あぁ、そうだな。アイツのいない方が幾分マシだ」
それから組全体に大声で号令をかける。
「いいか! アイツみたいな奴がいたら今度こそこの場で叩き斬ってやる! 皆そのつもりでいろ!」
「「おう!」」
組全体が、それに大きく答えたのだった。
それを見て、タマはいま一度蘇芳の城に視線をやった。
果たして、同盟の話はうまくまとまるのか。
それよりも先に小田原が攻め入ってきた、その時は――
タマは硬く拳を握り締めたのだった。




