第2回
2
蘇芳の城の閉め切られたとある一室。
そこでは蘇芳、光中、橘、上貫、千石の家老たちが顔をしかめながら同盟について話し合いを続けていた。
「それでは我々に利がないのと同義」
「左様。同盟を結ぶのであれば、我々にもそれなりの褒章を約束していただかなければ」
上貫の上杉達保、千石の宮迫仲正が口をそろえて訴えるのを、
「何を言っておる、まだ小田原との戦も始まっておらぬのに、そのような――」
と満中の家老、左近時宗が眉を寄せる。
そんな左近に、宮迫は、
「いやいや、これは大事な話にござる。先に約束していただかなければ、戦が終わったその際にどのような不遇を受けることになるかわかりませぬからな! それでは易々と同盟を結ぶことはできませぬ。そうであろう、橘の」
「ふむ、蘇芳と満中だけで朝廷からの褒章のほとんどを持って行かれては我々も同盟するうま味がない」
橘の家老、亀井甚五郎は頷いた。
苦々し気な表情なのは蘇芳の家老、武田光春もそうだった。
「貴殿は我々のことを信用ならぬと申すのか。いずれにせよ、我々が小田原に攻め込まれ、この国を取られた際に次に狙われるのは、貴殿らの国であるのだぞ」
しかし、亀井は「とはいえ」と口にして、
「今すぐに小田原が攻め入ってくると決まったわけでもあるまい」
「何を言うか。氷川の国が滅ぼされたのはつい先ごろのことぞ。いつ小田原の魔の手がこの地に向けられるとも限らぬ話、お主らには解らぬと言うのか!」
「いや、しかしまだ小田原は何も要求してきてはおらぬのでしょう?」
「だとしてもだ! そうなる前に同盟を結び、立ち向かう兵力を準備しておかなくてはいざというときにどうなさるおつもりか!」
すると、宮迫が眉間に皴を寄せながら、
「その際にはまず朝廷にご意見を窺ってだな……」
「そんな悠長なことをやっておる間に小田原の軍勢が攻め入ってくれば我が国などひとたまりもないわ!」
光春は一喝し、
「確かに我が国は一万、満中は八千、併せて一万八千ほどの兵力はあれど、三万とも四万ともいわれる小田原に比べれば半分しか兵はおらぬ! おまけにあちらは百戦錬磨の――」
「わかっておりますとも、しかしですな――」
なおも食い下がる宮迫に、光春の隣に座す左近が、
「ええい! まだ何かあると言うのか!」
詰め寄るように口を挟んだ。
同盟会議が始まってから数時間。話は一向に進んでいなかった。
婚姻関係にある中堅大名である橘、上貫、千石の家老たちは戦も始まらぬうちから戦が終わった後の話を断固として譲らず、あの強敵小田原をもし打ち倒して氷川などの地を手にした際にどのように分配するのか、朝廷からの褒章をどのように分けるのかなどという話ばかりに固執している。
このままそのような話を続けていても埒はあかず、同盟の話もままならない。
とはいえ、ここで近隣五国を束ねて何とか小田原に拮抗できるだけの兵力を集めなければならないのも事実だった。
そのために金をかけて傭兵浪人を各地からかき集めて何とか体裁を整えている状態だというのに、今ここで勝った際の話などしても仕方のない話だろう。
獲らぬ狸の皮算用もいいところである。
蘇芳の家老たる光春の呼びかけによって同盟会議を行なっているが、いったいどうすれば良いものかと光春は頭を悩ませていた。
蘇芳や満中より石高の少ないこの三国はどうしても領土や朝廷からの褒章を得たいらしい。
その気持ちも解らないでもないが、今はまだそのような話をしている時ではないと何度言っても首を縦には振らないことに光春はいら立ちを隠せなかった。
いったいどうして彼らはそのようなことにばかりこだわるのか。
目の前に迫っている危機が全く見えていないとしか思えなかった。
喧々諤々の会議は終わることを知らず、いまだ続きそうな気配しかない。
辟易した気分で、光春は参ったように天井を仰ぎ見て。
――カサリ
天井から、わずかに物音が聞こえたような気がした。
何の音だろうか、と思った矢先、聞こえてきたのはチュウチュウというわずかな鳴き声、そして、どこかへ駆けていくその小さな足音だけだった。
……鼠か。
光春は思いながら、目の前でなお激しい言い合いを続けている家老たちに顔を戻した。
「――ですから、まだ勝てるとも判らない相手にそのような話をしたところで……」
延々と終わりのなさそうなこの会議に、早々に目途を付けなくてはならない。
蘇芳の主たる蘇芳隆正への報告もこのあと待っているのだ。
光春はこの三国を、如何にして納得させるか、そこに思考を集中させたのだった。




