第3回
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予想通り、権之助はその日、夜遅くまで宿に帰っては来なかった。
帰ってきた時にはその首筋に赤い唇紅のあとをつけたまま、ニヤニヤと満足そうに宿の中へと入ってくる。
「権」
そんな権之助の前に、鬼のような形相でクロが立ち塞がった。
タマはそんなふたりの様子を、長年の相棒たる刀を研ぎながら、「またか」と思いながら眺めていた。
「お前、そろそろ真面目に訓練を受けねば、本気でここからたたき出すぞ」
言って刀に手をかけて脅すのを、権之助は目を見開きながら焦ったように両手を振って、
「わ、わかった! わかったからそんな怖い顔すんなよ!」
「いいや、そろそろ我慢の限界だ! 俺には班長としての義務もある! 貴様のような腑抜けた野郎には折檻が必要だ!」
「ひええ! あ、明日からはちゃんと訓練に参加すっから許してくれよぉ!」
「そう言って何度抜け出してきたのだ、貴様は! 二度や三度では済まされないぞ!」
「だ、大丈夫だって! 約束する! 約束するから!」
「絶対だろうな?」
「ぜ、絶対だ! そ、それと」
「それと?」
「いい女のいる店を見つけたんだ。今度一緒に行かねぇか? もちろん、俺のおごりで!」
「お、お前、俺を何だと思っているのだ!」
「だって、タマも相手してくれないんだろう? お前さんだってたまるもんたまってんだろう? たまにゃぁ吐き出さねぇとやってらんねぇぜ?」
「な、何を言うか! 貴様! ふざけるな!」
「なにを恥ずかしがってんだよ! お前さん、見たところ立派なもんを持ってそうじゃねぇか。そいつにもたまには役目を果たさせてやんねぇとかわいそうじゃねぇか」
そんな会話を耳にしながら、タマはちらりとクロに視線をやった。
別にいつでも相手してやると言っているのに、頑なにクロはタマの身体を抱こうなどとは言ってこなかった。
道中や宿のなかでも幾度となくタマのことを見つめてくることがあるから、てっきりそういうつもりでいるのだろうと思っていたのだが、全く声をかけてこないことにお堅い男だとはタマも内心思っていたのだった。
だが、それをこの場で言うつもりもない。今のところ日銭が出るので最低限の金には困っていないし、しばらくはここで厄介になることだろう。
わざわざ身体を売る必要を感じてもいなかった。
そうとは知らずクロはちらちらとタマに視線をやってから、
「冗談ではない! 俺にも選ぶ権利というものがあろう!」
「なんだよ、お前タマにホの字かい」
「ち、違う! 決してそういうわけでは!」
「あぁあぁ、わかるよ。あぁ見えてタマも顔立ちはどこかのお姫さんみたいに整ってるからな、気持ちも解らんでもない。でもあっちにその気がない以上、あきらめるしかねぇ、だろ?」
「お前は何を勘違いして――!」
「いいからいいから。ほら、明日の訓練終わりに出も遊びに行こうや。なぁ? それで俺の抜け出し癖も勘弁してくれよ、な?」
「だから、それとこれとは話が――」
いいように丸め込まれようとしているクロの姿に、タマは内心、ほくそ笑んでしまうのだった。
どうせすでに子を為せる体ではない。いくらでも相手してやれるというのに、ここまで頑ななクロにタマは悪い気はしていなかった。
かつてはどこぞの国の武将でそれなりの地位にいたのであろうこともうかがえて、一見して豪快な男に見えて以外にも繊細な心を持つしっかりとした武将であることに好印象を受けるのだった。
反して権之助はどうにも読めない。ちゃらんぽらんな性格が根っからのものなのか、それとも何かを隠したものによる偽装なのか。
こちらの方は一応、警戒を続けたほうがよさそうだと、タマはチラリと権之助の背中に視線をやった。
他の班の連中は少し距離を話して食事をしている。ここへ来た際、タマが刀ひと振りと蹴りひとつで吹き飛ばした連中である。
彼らとはあれ以来、朝の訓練以外ではほとんど接触のないまま一つ屋根の下で過ごしていた。
ちらちらとこちらの様子を窺ってくるたびに視線が交わり、気まずそうに顔を戻すその仕草に、タマはどうにも居心地の悪さを感じるのだった。
いっそ自分ひとり、宿の外で寝泊りすることにしようかしら。
木の上で寝ることにも慣れているし、こいつらの為にもこの宿を出て行ってやったほうが良いかもしれない。
タマはすっくと立ちあがると、少ない荷をまとめて宿の戸へ向かった。
それを見ていたクロが、慌てたように権之助から離れて前に立ちはだかる。
「――なんだ」
「どこへ行くつもりだ」
「なに、そこの奴らが私がいると大人しく眠れないようなので、今日からは外で寝ようかと思ってな」
「なに? あいつら、そんなことを言っているのか?」
男たちを睨みつけるクロに、タマは「ちがう」と一言静かに答えた。
「私がそうした方が良いと思ったからそうするだけだ」
「ダメだ。お前もこの宿で寝泊りをするべきだ」
「……お前に命令される筋合いは」
「ある」
「何故だ」
「俺がこの宿の班長だからだ」
「……」
「それは理由にはならないのか?」
「……」
「……」
「……わかった」
タマは軽いため息とともに、
「では、私は部屋の隅で寝させてもらう。それなら文句あるまい」
「それでいい。兵の規律を守るためだ。お前らも、それで問題ないな?」
クロの鋭い視線に、男たちは、
「あ、あぁ、俺たちは、別に――なぁ?」
「え? あぁ、うん」
「そちらさんの好きなようにしてもらえれば……」
全員がこくこくと頷いて見せる。
それを見ていた権之助は頭の後ろに両手を回しながら、
「ふ~ん? 俺にはよくわかんねぇや。そんじゃまぁ、先に寝させてもらうぜ」
ひとりさっさと、横になってしまったのだった。




