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灰色猫と終末の犬  作者: ノムラユーリ(旧PN野村勇輔)
第1章

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第7回

 7


「――灰色猫」


 目の前の男はタマを見た瞬間、大きく眼を見開いた。


 浪人雇所と呼ばれるその場所は城下の片隅に設けられており、件の噂により浪人でごった返している。


 しかし、浪人たちはタマの姿を見て驚きの声を上げるのと同時に、自らタマに道を譲ったのだった。


 タマは構うことなく浪人たちの前を素通りし、役人の男の前に立つ。


 その姿は戦場を駆ける猫というよりどこか猛々しい白虎を彷彿とさせる。


 確かに身体は小さく俊敏であるが、その牙にかかるものは生きては帰れない。


 そんな噂が轟いているのはタマ自身も自覚していたが、まさか初めて訪れた地にまでその名が――自身の姿が――知られているとまでは思ってもいなかった。


 役人はそれまでやる気のない様子で次々やってくる浪人の名を雇用台帳に記していたが、タマの姿を見た瞬間、その態度を一変させた。


「な、名を申せ」


「――タマだ」

 役人の言葉に、タマは答える。


「あ、あぁ……、タマ、だな」


 さらさらと筆を動かしながらも、男の視線はタマから離れない。


 役人の視線はさらにその横に建つ大柄な男に向けられる。


 役人はクロの姿にもどこか動揺した様子で、

「……お、お前の方は?」


「俺の名前はクロとでも書いておいてくれ」


「クロ…… まさか、終末の」


 ほう、とタマは感心する。


 やはり終末の犬のこともここまで知れ渡っているらしい。


「あぁ、そういうふうに呼ぶ奴らもいるな」


「本物――なのか?」


「まぁ、確かにタマほど特徴的な見た目じゃねぇから、疑うのも無理はねぇか。なんなら、ここでその腕前でも見せてやろうか?」


「い、いや、ここで刀を抜くことはまかりならぬ。その働きさえ見せてくれるのなら、それでかまわぬ……」


「そうか、そいつは安心した」


 次に役人は権之助に視線を移し、

「ま、まさか、お、お前も――獣憑きなのか?」


 権之助は「いやいや」と首を横にふって、

「俺は相楽権之助だ。このふたりにくっついてきただけで、ただの浪人だよ」


「そ、そうか、あいわかった」


 安堵したように、さらさらと権之助の名を書き記したのだった。


 それから三人は役人から、城下町外縁部に点在する傭兵用の木賃宿のうち、東側の一軒を指定された。


 宿が用意されているだけでもずいぶん贅沢じゃないかと権之助はご機嫌な様子で、雇所から木賃宿へ向かいながら、タマとクロの前を軽快な足取りでぴょんぴょん跳ねるように口にした。


 確かに、わざわざ傭兵の為に宿を用意してくれるような国は珍しい。多くの場合は自ら宿を探すか、宿も取れないものは野宿で済ませる。


 おまけに戦の噂はあれどいつ始まるかはまだわからない。


 役人にも確認したが、今のところすぐに戦がはじまる話もないということだった。


 しばらくは傭兵としての訓練と市中市外の警備、そして敵兵が侵入してきた際の最初の防衛が傭兵たちの仕事に割り当てられ、わずかながら日銭も出るという好待遇にタマもクロもどこか怪しさを覚える。


 たかが傭兵をそこまで待遇するということは、確実にこの国は相当、兵の数に悩まされているということだろう。西側諸国との同盟の噂も頷けた。


 これだけの商業都市でありながら、武力に関しては不安がある。いや、むしろ商業都市だからこそ、この国を守るために相当の兵力を求めているのかも知れない。


 なにしろ隣はあの小田原領である。


 もとは日和見主義の氷川という国があったが、つい最近、小田原に攻め込まれ滅亡した。


 ここ数年の小田原の勢いと脅威は実に甚だしいものがあり、次は蘇芳が小田原の標的と目されている。


 それゆえに急ぎ兵力を高める必要に駆られているのであろうというのがクロの見解だった。


 これまで以上の兵力を急ぎ用意しなければ、小田原の兵力に到底かなわない。


 蘇芳の上層部はそう判断したのだろう。


 蘇芳を抑えれば、西と東の流通を担う要衝を小田原が牛耳ることになり、領土だけでなく同時に莫大な利益を手にすることにもつながるのだ。


 それはより一層小田原という国を強大化するものであり、小田原が西朝廷にとっても東朝廷にとってもより脅威となるということだ。


 時は一刻を争う状態――それは確かなようだった。


「蘇芳と満中を始めとした諸侯が同盟を組むことになれば、どうなるかわからない。小田原がそれを指をくわえて待っているとも思えないが、いずれにせよ、我々はそれに備えて腕を磨いておこうじゃないか」


「……そうだな」


 クロの言葉に、タマも静かに頷いた。

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