第8回
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タマは地を蹴って高く跳躍すると、右手の刀を影密の頭上めがけて振り下ろした。
瞬間、影密がこれを黒く光る刀で受け止め、火花が散る。
続けざまにタマは左手にした刀を影密の脇腹で薙いだ。
これも黒刀で防がれた。
その流れで下から上へ流れるような軌跡で黒刀を払うその切っ先を、タマは後ろに回転しながら大きく避ける。
ふたりの息遣いが荒くなり、周囲の喧騒など聞こえてもこなかった。
これは復讐。
故郷を亡きものにした吾妻の裏切り者に、雪辱を晴らすための戦い。
「覚悟しろ! 綺羅!」
黒刀を手にした影密がタマに向かって突っ込んでくるのを、タマは二振りの刀で迎え撃つ。
カキン、カキン、カキン、カキンーー
幾度となく散る火花に、タマは押され気味だった。
それでも相手の勢いがそがれるその隙をタマは見逃さなかった。
キンッ!
力いっぱいに双刀で黒刀をはじき返すと、その合間を縫うように影密の首筋にふたつの切っ先を差し入れ、十字に斬り裂く。
ところがその寸前、影密は両腕を大きく羽ばたくような仕草を見せて地を蹴ると、一瞬にして後方へと飛び退り、その切っ先から逃れたのだった。
さすがは同じ獣憑きということか。
その動きはまるで体重というものを感じさせず、ともすればそのまま羽ばたいて今にもどこかへ飛んでいきそうなほどだった。
「――ちっ!」
仕損じたことをタマは舌打ちし、すぐ近くの木の幹を蹴って影密の胸元へと飛びかかる。
これをまたしても影密に避けられるのみならず、タマは前屈みになったその背中に黒刀の柄を叩きこまれた。
「ぐうっ!」
さらにその腹に蹴りを喰らわされ、衝撃で地面にごろりと転がる。
すぐ近くに、影密の黒刀を握る姿が目に入った。
怪しげに光った黒刀の切っ先が続けざまにタマの首を何度も狙い突き立てられるのを、タマは地面を転がりながら必死に避け、一瞬の隙を見計らって上体を起こし、影密の足に回し蹴りを食らわせる。
「――ぐはっ!」
地面に横転する影密。
タマは地を両手で押上げうようにして半回転しながら立ち上がり、一度影密と間合いを取った。
影密がふらりと立ち上がり、もう一度刀を握り直す。
「……さすがだ、綺羅」
「――」
「これまでさぞ大変な目に遭ってきたのだろう。心から謝罪する」
「なにっ?」
「お前の気持ちは理解できる。わが父の裏切りも詫びよう。どうだろうか。もう一度、この俺とやり直すことはできないだろうか」
「なにを、馬鹿なことを……!」
「わかっている。吾妻のことが、小田原のことが許せないのだろう。俺も獣憑きと化した身だ。死への恐怖は味わっている。このまま戦場で生き続けるつもりか? むざむざ戦場で命を落とすつもりか? そんなこと、本当は望んでなどいないのだろう? どうだ? もう一度私とやり直さないか? 小田原陽恵様のことは俺に任せろ。あの方はお前を良きに計らってくださるだろう。きっとそれこそが仏のお導きだと言って、我々のことを許してくれるはずだ」
「黙れ黙れ! それは貴様の望みだろう!」
「なに?」
「私は、あの日、あの時、あの城と城下を燃やし尽くした業火の中で誓ったのだ! 必ず小田原に、吾妻の奴らに復讐してやると! お前の甘言など、聞く耳持たぬわ! 戯言はひとりで言っていろ!」
タマが叫んだ瞬間、その灰色髪が怒りに震えあがったかのようにぼわりと跳ね上がった。
眼は爛々と黄色く光り、口からは牙のようなものが覗いて見えた。
「――私は絶対に許さぬ! 影密!」
だ、と駆けだすタマの動きはまさに獲物を狩る猫の姿そのものだった。
その牙たる双刀の切っ先が、影密に何度も襲い掛かる。
「それが答えか! 綺羅ぁ!」
影密もこれに応戦するように鴉の如く宙を舞うように避けつつタマの刀を受け流していく。
タマの勢いは止まらなかった。
そこにはただ影密――いや、吾妻に対する心からの怒りや恨みしか存在しないようだった。
キン、キン、キン、キン、
何度も何度も斬り結ぶなか、一向に決着のつきそうな気配がない。
「どうするつもりだ、綺羅! このままでは、いつまでも終わらぬぞ!」
「黙れと言っている!」
カキンッ!
大きな火花が散った瞬間、
「あっ!」
影密の手から、黒刀が滑るように地面に転がる。
その顔に動揺が走るのをタマは見逃さなかった。
黒刀に向かって跳躍する影密に対し、タマは黒刀を渡すまいと右手の刀を手放して、自身も黒刀に手を伸ばした。
双方の腕が限界まで伸び、そうして寸でのところで黒刀を手にしたのは――タマだった。
「――っ!」
タマは黒刀を握り締め、飛び込んできた影密の胸めがけてその切っ先を突き上げる。
「ぐはっ!」
ずしゃり、と肉を裂く手ごたえが確かにあった。
影密の胸に深々と突き立てられた黒い刀。
「そん――な――」
影密が、苦しげな声を漏らしながら、地面にごろりと仰向けに倒れる。
タマは黒刀を影密の胸から引き抜き、仰向けに倒れた影密の胸の上に跨った。
すでに影密の息は浅く、眼には涙が浮かんでいた。
タマはそんな影密の首筋に、双刀の切っ先を差し向ける。
「――き、綺羅。綺羅……」
喘ぐように口にする影密に、タマは、
「……綺羅は死んだ。私は獣憑きの傭兵、タマだ」
言って、影密の首を一気に刎ねた。
怨みを晴らしたというのに、そこには感慨など何もなかった。
ただただ虚無だけがそこにはあった。
「綺羅姫様――っ!」
聞き覚えのある声……クロだ。
「ついに、ついにやりましたな、綺羅姫様……!」
「――」
タマは大きく息を吐き、立ち上がった。
「あとは、お前に任せる」
「え、よろしいので?」
「頼む」
「……わかりました」
クロは影密の首を持ち上げると、声高らかに宣言した。
「小田原が大将の首、討ち取ったり!」
その野太い声はどこまでも響き渡り、ついに戦は終わりを告げた。
敵兵の多くが項垂れ、武器を捨て、或いは遁走していく姿が目に入ったが、タマは何も感じることができなかった。
「行きましょう、姫様」
「……あぁ」
タマはクロに背中を押されるように、影密の身体を残してその場をあとにする。
しばらく歩いた、その時だった。
バサバサと激しいはばたきが背後から聞こえて振り向くと、そこには三本足の大きな鴉と、何十羽もの烏が舞い降り、影密の残された身体を無惨にもついばむところだった。
大鴉はタマに視線をやると、まるでニタリと笑うように、くちばしをわずかに開いて見せる。
タマはそんな鴉に魅入られるように見つめていたが、
「どうしました、姫様。早く参りましょう」
「あ、あぁ……」
クロに急かされるようにして、再び歩き始めたのであった。




