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灰色猫と終末の犬  作者: ノムラユーリ(旧PN野村勇輔)
終幕

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旅路

   ***


 タマとクロが蘇芳の国主、蘇芳隆正に謁見したのは戦が終わった翌日のことだった。


 隆正の左右には蘇芳の家老がずらりと並び、そんななかを、クロとタマは黙って隆正の前に座し、深く首を垂れている。


 しばらくして、隆正が厳かに口を開いた。


「――此度の戦、大儀であった。そちらが吾妻影密を打ち倒したとのこと、誠にお礼を申すぞ」


「かたじけないお言葉、痛み入りまする」


 クロが答えて、隆正は続ける。


「聞けば、そちらのタマ殿――いや、綺羅姫か。かつての宗像が姫君と申すではないか。このまま傭兵浪人として一生を終えるのも口惜しかろう。どうだろう、我が側室としてここに残るつもりはないか?」


 その言葉に、タマはすっと顔を上げて、

「お気持ち、有難く存じます。されども、宗像はもう今は存在いたしませぬ。なればこそ綺羅姫は死んだも同然。今は一介の傭兵浪人、タマにしかすぎませぬ。ゆえに、平にご容赦願いたく」


 隆正はタマの返答に、「ふむ」と顎に手をあてて、

「……そうか。ならば、無理強いはせぬ」

 それから改めてクロに視線を向けて、

「黒蕊殿はどうされる? そなたが望めば、わが国で将として働いてもらいたいのだが……」


 するとクロはさらに深く頭を下げ、額が床板につかんばかりの態勢で、

「ひ、姫様――いえ、タマ殿がそう申されるのであれば、そ、某めも、今はただの傭兵浪人にしかすぎませぬ。このまま蘇芳の地にて再仕官することも考えましてございましたが、今しばらく諸国を漫遊し、研鑽に務めたく思うておりますれば……なにとぞご容赦を……」


 そんなクロに対して、隆正は心底残念そうに深いため息を吐いた。


「そうか――残念じゃが、双方ともに仕方あるまい。だが、此度の戦で小田原が我が国のことをあきらめたとは到底思えぬ。その際は、また力を貸してくれるであろうな?」


「もちろんでございます」


「うむ、よろしく頼んだぞ」


「代わりに、ひとつお願いが」

 クロがわずかに顔を上げた。


「なんじゃ、申してみよ」


「猿彦の奴めを、将として雇ってやっては頂けぬでしょうか」


「おお、光春の命を守ったという獣憑きか」


「はい。アレはなかなか腕が立ちます。きっと隆正さまのお役に立つことでしょう」


「――ふむ、あいわかった。それでは、そのようにいたそう。よいな、光春」


「はい、私めも異論はございませぬ」


「うむ」

 それから隆正はすっくと立ちあがると、

「――それではな、ふたりとも。達者でな」

 そう言い残して、背中を向けて去っていった。


 クロとタマは、もう一度、深く深く、首を垂れたのであった。



   ***



「やれやれ、本当に良かったのですか?」

 蘇芳を出て丘を登りながら、後ろを歩いていたクロがタマに訊ねてきた。


 タマの腰には双刀の他に、影密から奪った黒刀を差していた。


 血塗れだった衣服も、市で新調した綺麗なものに変わっている。


 タマは立ち止まって後ろを振り向きながら、

「……何の話だ?」


「側室の件ですよ。蘇芳ほどの大国なれば、悠々自適な暮らしができたというのに」


 するとタマは呆れたように息を吐き、

「……言っただろう、私はもう姫ではない。一介の傭兵浪人、タマだ。何度も言わせるな」


 そんなタマの態度に、クロも微笑を浮かべながら、

「――左様でございますか」

 そう、口にしたのだった。


 そこから峠へ続く街道を進んだところで、ふとふたりは立ち止まり、眼下に広がる蘇芳を見つめた。


「……海の綺麗な、いい国だ」


 タマの言葉に、クロは頷く。


「そうだな」


 おや、とタマはクロを見つめた。


 先ほどまでの口調が出会った頃のように戻っている。


 いったいどういう心変わりか知らないが、まぁ、ここまでの仲だ。


 そう思っていたのに、何故かずっと後ろをついてくるクロ。


 そんなクロに、先を歩いていたタマは呆れたようにもう一度振り返った。


「ついてくるなと言っているだろう。私はもう、お前の仕えた綺羅姫ではないのだぞ」


「いや、タマは猫が如く自由奔放で身勝手な所があるからな。心配で放っておけない。だから、いましばらくついて行く。言っただろう、二人そろえば鬼に金棒だって」


 そんなクロの言葉に、タマはほくそ笑み、

「――好きにしろ」


 それに対して、クロは、

「おう! 好きにするさ!」

 答えて、大きく笑うのだった。


 ふたりの間を、一迅の爽やかな風が駆け抜ける。


 その風は、蘇芳の海に向かって、緩やかに流れていったのであった。








 ……灰色猫と終末の犬・了

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