第7回
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草葉を駆ける音が辺りにこだまする。
木々はざわめき、至る所から死臭が漂ってくるようであった。
周囲には幾人かの鴉衆が影密を守るように取り囲み並走しているが、この数ではあまりにも心許なかった。
背後からはタマと数人の敵兵の一群が影密を追いかけてきており、このままでは追いつかれかねないほどの距離だ。
影密はタマに追われながら、自らの過去を思い出していた。
綺羅と過ごした思い出。
楽しかった幼き頃の日々。
元服を前にして父が宗像を裏切り、夜襲と焼き討ちを行なったこと。
綺羅の死に絶望した自分。
その後しばらくの間は小田原と父を影密は怨み続けたが、そんな父が一度だけ、小田原に対して反旗を翻そうとしたことがあった。
この合戦には元服したばかりの影密も参加したが――その際に影密は戦場で敵兵の槍に胸を突かれ、落馬した。
多くの骸が転がるなかで、死にゆく影密のそばに三本足の鴉が舞い降りたのは、その時だった。
鴉は厳かに言った。
まだ、生きたいか、と。
影密には生きる以外の選択肢などなかった。
死ぬのが怖かった。
死して地獄に落ちるのが恐ろしくてならなかったのだ。
綺羅との思い出が脳裏をよぎり、あの業火の中で死んでいった綺羅があの世で死した影密を責める姿を思い浮かべるだけで、胸が苦しくて仕方がなかった。
だからこそ、影密は生きたいと願った。
それがいかに自分勝手な思いであるかはよくわかっていた。
けれど、死ぬことが怖くて怖くてならなかったのだ。
鴉は他にも何かを言っていたが、影密は聞いてなどいなかった。
「まだ死にとうない。生きたい、頼む、助けてくれ――」
その言葉に、鴉はまるでにたりと笑むように嘴を開くと、
「心得た」
そして気付いた時には、影密は息を吹き返していたのだった。
それからの影密は武芸に励んだ。
特に弓矢の上達は目覚ましいものがあり、すぐに鴉衆の大将として父より任された。
その父も病に倒れ、やがて吾妻の主となって、影密は小田原に対して改めて忠義を示した。
それは小田原陽恵と義兄弟の契りを結んでいたからだけではなく、ただ純粋に死にたくない、この乱世で少しでも長く生き延びたいという思いからでしかなかった。
小田原と共にあれば、自分は長く生きることができる。
宗像のように、綺羅のように、その父や母や民草のように、早死にすることから免れることができる。
影密の中にあったのは、ただただそんなことばかりだった。
この乱世を生き抜きたい。死にたくない。手柄も恩賞も最低限で構わない。強き者の下でその命に従う、ただそれだけでいい。
だからこそ、光房がかつて傭兵浪人から仕官してきた時、彼のことを羨ましく思ったこともあった。
虎の威を借る狐――鴉の獣憑きではなく、自分こそが狐の獣憑きに相応しいとまで思ったこともあった。
そんな自分が今、命の危機に瀕している。
しかも、死んだと思っていた綺羅によって、この命狙われている。
複雑な心情だった。
綺羅が生きていたことを喜ぶ自分がいるのと同時に、そんな綺羅に命を狙われる絶望のなかで、影密はただただ迷い続けていた。
腰に佩いた黒曜――
まさか、これを抜かねばならぬ時が来ようとは……
陽恵様は、見抜いていたのであろうか。
……迷ってなどいられない。
綺羅を殺らねば、自分が殺られる。
「――あっ!」
物思いに気を取られ、影密は木の幹に足を取られてその場に倒れた。
鴉衆が慌てたように足を止め、影密を抱き上げる。
「大丈夫ですか、影密様!」
「あ、あぁ……」
「追いつかれたぞ! 全員、迎え討て!」
瞬間、影密の心臓がひゅっと縮んだような気がした。
「影密!」
綺羅の声が真上から聞こえ、影密は見上げた。
そこに、タマの手にする二振りの切っ先を目にし、恐怖した。
「影密様!」
叫び声と共に、影密の前に鴉衆の一人が立ちはだかり、真正面からタマの一撃をその首と胸に受けて倒れた。
辺りはタマの引き連れてきた兵たちと鴉衆の激しい打ち合いに発展し、追い詰めらえた影密はついに黒曜に手をやった。
震える手で、その鞘から黒曜を引き抜き、
「――綺羅!」
そう、口にしていた。




