第2回
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宗像の地は蘇芳より東、氷川の山向こうに位置していた。
周囲を山と川に囲まれた小国であったが、東西の要衝として栄える商業都市。
隣国である吾妻の国とは同盟関係にあり、古くから西朝廷の東側を守る役割を担っていた。
そんななか、宗像と吾妻は二国の絆をより強固なものにするため、宗像の姫君である綺羅と、吾妻の長男である影密の婚姻を取り決めていた。
ところが、である。
信頼していたはずの許婚の国は、その裏で小田原と通じていたのだ。
ある晩、吾妻率いる小田原の軍勢が国境を越え、宗像は一夜にして滅ぼされたのである。
綺羅の父は殺され、母と祖母も焼き討ちの中で敵の矢に倒れて燃え盛る炎の中で消し炭と化していった。
そんななか、自らも死の淵に立たされた綺羅のもとに、一匹の妖猫が現れた。
それは祖母が幼い頃より飼っていた、二股尾の妖と化した灰色毛の美しい猫だった。
猫は綺羅に問いかけた。
「――生きたいか」
綺羅は炎に包まれ焼かれながら、
「……生きたい」
そう強く猫に願った。
「吾妻が憎い。影密が憎い。この怨み、悲しみ、果たさずにいられようか……!」
猫は、さらに綺羅に問うた。
「なれば、綺羅の死して後の輪廻の身体、我がものとなるが、それでも良いか」
「かまわない……父の仇を……母の仇を……祖母の、国の仇を……!」
「承知した」
そこから先、綺羅の記憶はしばらくの間失われる。
次に目が覚めた時、綺羅の身体は焼け果てた城の中にあった。
なにがなんだかわからなかった。
自分がどうしてここにいるのか、どうして生きているのか。
タマとの契約――獣憑き。
そうか、私は――
「――おい、生きてっか」
そう声をかけてきたのは、見知らぬ汚らしい男だった。
傭兵浪人。
綺羅はぞくりとした。
このまま縊り殺されるのだと覚悟した。
しかし、
「まだ、生きてるみてぇだな」
その男は、綺羅が思っていたよりも丁重に、綺羅の身体をゆっくりと起き上がらせてくれたのである。
「お前、どこから来た。名前は?」
瞬間、綺羅は自身の名前を口にしようとして、押しとどまった。
綺羅、と口にしてしまえば、自分が宗像の姫であることがバレてしまう。
もしこの傭兵浪人が吾妻や小田原の側であれば、即刻首を刎ねられるか、さもなければ――
「……タマ」
咄嗟に口から出たのは、あの、祖母が愛でていた妖猫の名前だった。
「タマ、か。おとうやおかあは?」
その問いに、綺羅は――いや、タマはタダ黙って首を横に振った。
「だろうな」
とその傭兵浪人はあたりを一瞥しながら、
「こんだけ派手に焼けちまったんじゃぁ、生きてる方が奇跡ってもんだ」
「……みんな、燃えちゃったの?」
「ん? あぁ、そうだな、みんな燃えた。燃えて燃えて、なんもかんもなくなっちまった」
まるで感傷に耽るように、傭兵浪人は腰に手をあててため息を漏らし、
「さて、おタマとやら。お前さん、これから先、行くところはあるのかい? どっか親戚のあてとかはねぇのかな?」
これに対しても、タマは静かに首を横に振った。
どこにもそんなあてなどなかった。
ただあるのは、焼けただれた衣服と、何故か無傷の身体だけだった。
そんなタマに、傭兵浪人はしばらく考えてから、
「――しょうがねぇな。しばらく俺と一緒にいるか?」
「あなたと?」
「あぁ。つっても、俺だってお前を預けてやれるあてがねぇ。もしお前にその気があるなら、傭兵浪人として育ててやってもいい」
「傭兵浪人として――」
「どうせ行くあてなんてないんだろ? 女だてらに傭兵浪人、いいじゃないか」
傭兵浪人になれば、いずれどこかで小田原や吾妻を相手に戦に加わることができるかもしれない。そうなれば、この恨みに一矢報いることもできるかもしれない。
タマはしばらく考えたのち、
「――お願い、します」
低い口調で、そう答えた。
傭兵浪人は、
「おっし、決まったな! 俺は日吉だ。よろしくな、おタマ」
「ひよし……」
「しかし、それにしてもお前――」
「……なに?」
「お前の髪、なんでそんなに灰色なんだ?」
日吉に訊ねられるまで、綺羅は自身の髪が灰色に変色していることに気付かなかったのである。
タマと契約するまでの綺羅の黒く長い髪は、いつの間にか鈍色に光る灰色髪へと変貌を遂げていたのであった。
そこから先、タマは傭兵浪人としての在り方や戦術方法を日吉から学んでいった。
日吉の齢は三十、タマの齢は十、その間には親子ほどの差があった。
最初のうちこそ偽りの親子として育ったが、やがてタマが妙齢になるにつれて日吉との間に身体の交わりを持つようになった。
タマには最初、その行為が何なのか理解することができなかった。
理解できないまま、ただ日吉と幾度となく交わった。
それで日吉が自分の面倒を見てくれるのであれば、それで――
けれども夫婦になるというわけでもなく、そのうちに日吉は呆気なく小さな戦でその命を落としてしまった。
人の命のむなしさに、タマは改めてそれに触れた。
それからのタマは常にひとり旅だった。
不思議と悲しさはなかった。
やがて来るであろう吾妻・小田原との戦への為に日吉から学んだ力と技を磨き、時には日銭を稼ぐために身体を売ることも厭わなかった。
もとより日吉との交わりで子を為せない身体になっているらしいことを薄々感づいていたタマにとって、それは容易く銭を得るための方法でもあった。
どうやら獣憑きになったときにそういったものをすべて失ってしまったらしい。
戦場から戦場へと駆け抜けていくうち、タマは自らの能力を次第に開花させていった。
いつの間にかその姿と名前は『灰色猫』として知られるようになり、今に至る。
タマの中にあったのは、ただただ吾妻・小田原に対する復讐心だけだった。
その全てはいずれくる吾妻への復讐の機会を窺うためだった。
そうしてタマはクロと出会い、今こうして蘇芳満中、橘三国の同盟軍と戦場を共にしている。
全ては、憎き仇敵、吾妻影密を討たんがために――
その想いだけが、タマをここまで生かしてきたのだった。




