第1回
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「思いがけず戦支度に時間を食ってしまった。誠に申し訳ござらん」
橘の家老が深々と頭を下げる。
「いやいや、よう駆けつけてくれた。このままでは押し切られるところであったゆえ、橘三国の到着は心よりうれしく思っておりますぞ」
光春がやや皮肉を込めた調子で口にして、
「早速で申し訳ござらんが、今後について早々に話し合う必要がござる。まずはこちらへ。黒蕊殿もタマ殿もご同席願えますかな」
蘇芳、満中の大将たち、そして橘、上貫、千石の家老と大将たちが一堂に会し、地図の広げられた机を囲むようにしてずらりと並んだ。
「我々の損失は大きい。負傷兵の数は計り知れず、どれだけの兵が失われたのか正確に把握することも難しい状況にある。本日の打ち合いにて後方の砦より兵を呼び寄せたが、黒蕊別動隊の働きがなければ、今頃わしの首は刎ねられていたことだろう。それほど現状は逼迫しておる」
光春に続いて、左近が、
「いくら橘三国の援軍が到着したとて、このままでは手をこまねくばかりだ。そこでだ。我々は今宵のうちに、夜襲を仕掛けるべきであると判断した」
「夜襲ですと?」
橘の家老が眉を潜めた。
到着早々、夜襲を仕掛けるとあっては驚かないわけもないだろう。
「そうだ。そうでもしなければ我々に勝ち目はない。奴らの実力はそれほどのものだ」
「ふむ……まさか、それほどまで追い詰められていようとは…… それで、先陣を切るのは?」
上貫の問いに、
「それはこちらに居られる黒蕊別動隊に任せようと思う」
光春がクロの背中を軽く押した。
「黒蕊別動隊……獣憑き風情に任せるというのですか?」
渋面を作り、如何にも怪訝そうに千石の家老が口にした。
「何か異論でも?」
「獣憑きと言えど、傭兵浪人風情にそのような大役を任せるというのですか?」
「しかしその実力は――」
その途端、上貫の大将が大声を張り上げた。
「実力の話などしておらぬ! 身分の話をしておるのだ! 我々にも矜持というものがある! 敵の大将首を傭兵浪人などに奪われてたまるものか!」
「右に同じく! それでは我々の立つ瀬がありませぬ!」
それに対して、光春は唾を吐くように、
「何を言うか! 矜持の為に蘇芳満中が倒れてしまっては元も子もないのだぞ!」
「それとこれとは話が別だ!」
なおも騒ぐ大将共に、左近が疲弊したように、
「少し落ち着かぬか――」
「そうは言うておられませぬ! 我々は――!」
そんな言い争いを耳にしながら、タマは苛立ちを隠せなかった。
武士の矜持だの手柄だの自分勝手なことばかり叫び続ける男共の姿に、思わず肩を震わせた。
――いや、矜持といえばタマにもある。
それは、今は亡き祖国、宗像への想いであり、失った多くの民と家臣、そして自身の家族に対するものだった。
この男たちの口にする矜持など、あの日、あの時の絶望と、業火に焼かれた身体を思えば人を嘲笑うかのような戯言に過ぎなかった。
そんな思いも知らずに好き勝手言い続ける橘三国の家老や大将共の自分本位な発言に、タマはもはや我慢の限界だった。
我が宿敵、吾妻の国、影密への恨みを思えばこそ、到底黙ってなどいられなかったのである。
喧々諤々の言い争いが続くなかで、
「おのおの方、いま一度落ち着いてお話を――」
とその場を落ち着かせようとするクロを押しのけ、タマは大きく叫び声をあげた。
「黙れ! このクソったれどもが!」
そんなタマに、
「口を慎め! 卑しき傭兵風情が!」
「そうじゃそうじゃ! 貴様になんの権利があって――」
タマは咄嗟に二刀を抜き、だんっだんっ、と机に深々と突き立てた。
瞬間、その場に満ちていた喧騒が、まるで嘘のように消え失せる。
そんな男共を一瞥してから、タマは吐き捨てるかのように、
「我は亡き宗像が姫――綺羅である!」
「き、綺羅姫、だと……」
光春が呟き、左近と共に、驚愕しながら一歩あと退った。
誰もが目を見開き、信じられないといったふうに、タマの――綺羅の顔をまじまじと見つめたのだった。




