第8回
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「――ちっ!」
タマは幾度めかの舌打ちをし、次から次へと迫りくる敵兵を斬り捨てては退き、斬り捨てては前へ出るのを延々と繰り返していた。
敵兵の力そのものは大したことがないというのに、その数で疲弊させられることに無駄な時間を割かれてしまう。
このままでは、いつまで経っても影密のもとまで辿り着ける気がしなかった。
すでにタマたち別動隊の周囲は味方兵や敵兵の骸に覆われており、下手に動けば足を取られてしまいそうなほどだ。
「いったいどうなっている!」
そう叫んだのはクロだった。
クロは敵兵の胴を真っ二つに叩き斬り、
「くそっ! 光春殿たちは無事なのか! 何が起こっている!」
兵之輔も敵から奪った長刀を振るいながら、
「おのれ! 邪魔だ邪魔だ!」
竜巻の如き旋風を巻き起こしながら叫び声をあげた。
太郎佐組と次郎佐組は音羽組を守るようにして周りを囲み、音羽組はその合間に敵兵の頭上めがけて幾度となく矢を放っていった。
太郎佐が槍を受け止めた瞬間、次郎佐が横から薙ぎ払うも、すぐに別の兵が矢を放ってくる。
そろそろこちらの矢も尽き果てようかと思った、その時だった。
遥か遠く、小田原の陣から再びほら貝の音が戦場に鳴り響いたのである。
それは何かを伝えるように幾度となく繰り返され、敵兵たちは揃いも揃って苦々しい顔でじりじりと退いていく。
同じく後方の自陣からも戦太鼓が打ち鳴らされ、戦場は一時休戦の色となった。
辺りは昨日よりも多くの味方兵の死体に埋め尽くされ、タマやクロたち別動隊の周囲にだけ敵兵の骸の山がごまんと築かれていたのだった。
やがて戦場が落ち着いたころを見計らい、タマはクロたちと共に背後に注意を払いながら、蘇芳満中本陣へと帰還した。
多くの負傷兵を掻き分けるようにしていまだ煙のくすぶる幕の向こう側へ駆けつけてみれば、
「――猿彦!」
光春のもとで膝をつく猿彦の姿に、タマだけでなくクロも兵之輔も驚きの声を上げてしまった。
猿彦の周囲には感嘆したような表情の馬廻り衆や護衛の兵が多数おり、彼らもまた身体中血まみれの様相で立っている。
「お前、大丈夫なのか?」
クロの問いに、猿彦はぴょんぴょんと普段のような――いや、それ以上に身軽な動きで猿のように飛び跳ねて見せながら、
「ほれ、この通り! ご安心召されよ! 傷もすっかりよくなってございます!」
「しかし、お前、その様子は――」
言いかけるタマに、クロも、
「まさか、お前――」
「おぉ、さすが! お気づきになられましたか!」
すたっ、とふたりの前に着地して、好々爺の笑みを浮かべた猿彦は、
「わしも獣憑きとなりましてございます!」
「猿彦が……獣憑きに」
兵之輔も眼をまん丸くして驚いた。
タマは驚愕しつつも、しかし先日敵陣を偵察した折に猿彦が気を取られていた大猿のことを思いだしていた。
確か、猿彦の言葉では幼い頃に見たヌシ猿によく似ているということだったが。
そんなタマの様子に勘づいたのだろう、猿彦は、
「はい、タマ様のお考え通り、あの大猿、わしが幼い頃に軽業を学んだ山のヌシ猿自身だったのでございますよ!」
「……そうか、そうだったのか」
「――いやはや、猿彦には本当に助けられた」
そう口にしたのは光春だった。
「鴉衆の襲撃に合い、一時はもう駄目かと思ったのだがな。運よく猿彦が目覚めてくれたおかげでほれ、この通り。本陣は守られたというわけよ。ほんに、獣憑きというものは眼を見張るばかりの力を見せてくれるものなのだな」
「鴉衆の」
眉を潜めるクロに、猿彦は「はい」と頷き、
「奴らを率いていたのは間者、権之助でございました」
するとクロは歯を食いしばり怒りに満ちた表情で、
「おのれ! アイツめ!」
「それで、権之助はどうした?」
とタマが問えば、
「それが、申し訳ございません。獲り逃してしまいまして」
「いや、それはわしが止めたのだ」
光春がふたりの間に割って入り、
「獣憑きとはいえ、無用な深追いは返ってこちらに不利になる状況を作りかねん。まずはお主らに相談のうえでと思うてな」
「確かに、その通りでございます」
クロは感心するように頷いた。
そこへ、
「光春殿」
後方でなにやらあったのか、満中の家老、左近が声をかけてきた。
「どうなされた?」
左近の表情は喜びとも怒りともいえない複雑な色をしており、
「――橘三国が兵ども、ようやくその姿が見えましたぞ。もう間もなくで到着だ!」
その言葉に、
「おお! ついにか! 待ち焦がれたぞ!」
光春の顔が、緊張が解れたかのように、綻んだのであった。




