第3回
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戦というのは時の運もあるが、そこに獣憑きがいるかいないかにおいても戦力に大きな差が生じる。
総じて獣憑きは身体能力が高い。常人を超越した動きを見せ、そのくせ見た目は常人と変わらない為に、戦場で対峙してもそれと知らずして気付いた時には地獄極楽へ誘われている。
それゆえに獣憑きは戦に置いて重宝されたが、獣憑きそのものの数は少なかった。
獣憑きの多くは浪人である。
その強さゆえに重宝はされても、いつ謀反を起こされるかわからず、寝首を掻かれることを恐れて常なる徴用などされることはほとんどなかった。
そんななかで、影密だけはそうではなかった。
彼はその黒き甲冑、黒き衣服に身を包み、光を失った眼でいつも静かに主のそばに仕えていた。
主の名は小田原陽恵といい、この美しく精悍な獣憑きの青年を心酔していた。
「このたびの戦もお前の率いる烏衆のおかげで無事に勝利を収めることができた。心から礼を言うぞ、影密」
「……いえ、滅相もございません。本来であればもう一日早く戦を終わらせることができていたものを、峠越えに思わぬ邪魔が入り到着が遅くなったこと、どうお詫びして良いやら」
「なにをいうか」
と陽恵はかっかと笑った。
「それは月村の輩に一日の猶予を与えたにすぎん。やつらめ、その間に負けを認めて兵を退いておけばひとり残らず命を落とすなどと言うこともなかったであろうに、馬鹿な奴らよ」
今回の長塚川の合戦において、影密の烏衆は敵軍の背後から夜襲を行ない退路を塞ぎ、それゆえに月村軍は混乱の末に敵味方の区別すらつかなくなった挙句半日ほどでひとり残らず命を落とすという事態に陥った。
陽恵もまさかそこまでのことになるとは思っていなかった。
敵の将軍首さえ討ち取ってしまえばその戦は終わる。
にもかかわらず敵軍の混乱は全滅するまで収まらず、それはまるで『終末の犬』と呼ばれる有名な獣憑きですら成しえない恐ろしい光景を戦場に残したのだった。
陽恵の家臣の多くがその光景に閉口するなか、国主陽恵はただただ不敵に嗤っていた。
『――これは、天下を取ることができるに違いない』
そう思うほどに、陽恵は影密の力を信じていた。
なにより、影密とは幼い頃より兄弟のように育ったなかである。
互いに信頼し合い、天下布武に向けて数多の戦を勝ち抜いて自国に併合していった戦友である影密に、陽恵はその肩を抱きながら、
「次の戦も期待してる。我々が天下を統一する日はそう遠くない。ともに天下布武の道を歩もう、弟よ」
「……もちろんでございます。陽恵様――いえ、兄者」
光のないその視線には、しかし確かな信頼を陽恵は感じる。
「うむ。頼むぞ」
陽恵は深く頷き、自室へ向かって姿を消した。
謁見が終わり、その場に残された影密は陽恵の後ろ姿が見えなくなるまで静かに平伏していたが、やがてすっと体を起こす。
陽恵に従って側仕え達もいなくなり、大広間にはただ自分ひとりが残されていた。
影密はしばらくじっと座っていたが、おもむろに立ち上がり、天井を見上げる。
「……何か動きはあったか」
天井裏から、静かに女の声が下りる。
「蘇芳と満中が同盟を結ぶ動きあり。いかがなさいますか?」
蘇芳と満中といえば、陽恵は次に狙っている国の領主たちの名前である。そんな彼らが同盟を結ぼうとしているということは、恐らく小田原に対抗するためのものだろう。
あの二国が手を結べば、恐らく兵力としては小田原とほぼ同等か、さもなければ、それ以上の数になり得る。
影密からすれば微々たるものでしかないが、今後同盟国が増え、陽恵の道を塞ぎかねないことになり得るのであれば――
「……光房を送れ。その同盟、必ず破綻させよ。最悪の場合は……わかるな?」
「――御意」
かさり、とネズミが動くような小さな音だけを残して、女の気配は消え去った。
影密は光のない瞳を下に戻し、そして足音もなく、大広間をあとにした。




