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灰色猫と終末の犬  作者: ノムラユーリ(旧PN野村勇輔)
第1章

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第4回

   4


「ほう、蘇芳と満中が同盟を?」


 小さな宿場町で、クロは酒場の男たちからこそこそとそんな噂話を耳にした。


 隣ではタマが、静かに空いた席に座る。


 その目は真っすぐ机に向いているが、耳は確かに噂話の方に注意しているのは明らかだった。


 クロはそれに倣い、タマの向かいに腰を下ろした。


「確かなのか?」


「知らねぇ、どっかの浪人が戦場でどこぞの武将が話してたのを聞いたんだとさ」


「馬鹿馬鹿しい。あいつら長年小競り合いを続けてた国同士じゃねぇか」


「だからだよ」


「どういうこった?」


「ほれ、ここ数年、小田原がどんどん周囲の国に攻め込んで自分の国に取り込んでんだろ」


「まさか、小田原に対抗しようってことか?」


「じゃないかって俺は睨んでるけどな」


「しかし、蘇芳と満中が同盟を結んだくらいで小田原に勝てるとは思えねぇな」


「そりゃお前、蘇芳と満中だけなわけがねぇだろ」


「あん? 他にもなんか知ってんのか?」


「蘇芳の裏には西の朝廷から守護職を任じられてる上織が控えてる。ってことは、それに連なる小国も同盟に加わる可能性があるってことよ」


「おいおい、待てよ。そうなると、小田原は東の朝廷の――」


「そう、要するにだ、これは小田原と蘇芳、満中の戦と見せかけた東西朝廷の大戦になるかも知れねぇってことだよ」


 朝廷が西と東に分かれてから百数十年。


 互いに倭国の覇権を賭けた戦が幾度となく繰り返されてきたが、ここへきてついに決着を付けることになるかもしれない。


 彼らはそう言っているのである。


「――どう思う?」

 静かにクロがタマに訊ねると、タマは店の者に一杯の酒を受け取りながら、

「どうとは?」


「東西朝廷の大戦だ。こりゃ大事になるぞ」


「そうだな。私たち浪人風情にとっては仕事が増えて万々歳だ」


「……それだけかよ」


「何の話だ?」


「あの小田原は東の朝廷から倭の東側全域の支配権を簒奪しようとしているっていうほどの強豪だ。翻って西側の朝廷は安穏とした国々がただ守護職だのなんだのを天主の顔色を窺いながら小競り合いして奪い合っているだけの集まりだ。どんだけ集まろうが武士どもの心意気が東と違う。勝てるとは思えねぇ」


「つまり、お前は西の肩を持つということか」


「別にそうは言ってねえが……お前はいいのかよ」


「どちらが勝とうが興味はない。戦仕事が増えるなら、それでいい」


 そんなタマに、クロは深いため息とともに肩を落とした。


「お前は思った以上に政には興味がないんだな」


「私は一介の浪人、傭兵、獣憑きに過ぎん。どこにいて何が起ころうが、定住できる地があるわけじゃない。それはお前も一緒のはずだろう」


「それはまぁ、そうだけどよ……」


 クロが困ったように眉を寄せ、まじまじとタマの顔を見つめてきた。


 タマはそんなクロに、酒を口にしてから、

「……なんだ、人の顔をじろじろ見て」


「……いや、別に」


「酒が呑みたいなら自分で頼め。私を抱きたいなら好きにしろ」


「なっ! そんなこと誰も言ってねぇだろ!」


「なんだ、そうなのか? しつこく私に付きまとうものだから、てっきり私の身体が目当てなのだとばかり思っていたのだが」


「誰がお前みたいな女抱くかよ! 抱いてるうちに胴と頭がちょん切られちまう!」


 するとタマは珍しく口元に笑みを浮かべながら、

「そんなことはしないさ。路銀を稼ぐために、たまに身体を売っているからな」


 瞬間、クロの表情に影が差した。


 女が金のために身体を売ることはそう珍しいことではない。


 だから、驚くほどのことでもないであろうに。


 案外、純な男だ、とタマはほくそ笑んだ。


 そんなタマに、クロはどこか苦しげな表情で、

「……まぁ、確かに、そうかもしれんが」

 言ってタマから視線を逸らして、

「おう! 俺にも酒を持ってきてくれ!」

 どこかやけっぱちのような声をあげたのだった。

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