第5回
5
小田原本陣からのほら貝が鳴り響いたのは、翌日朝早くのことだった。
光春たちの警戒していたこともあって、蘇芳満中同盟軍とクロ率いる別動隊は迅速に対応、再び戦場に向かって進軍した。
光春の判断により二つの砦から兵を移動させ負傷兵の穴埋めとしたが、それでも小田原の強さは圧倒的だった。
なにより、鴉衆である。
彼らはタマの予想していた通り、まるでタマやクロたち別動隊の動きを見切ったかのように本気を見せつけてきたのだった。
「――ちっ!」
思わず舌打ちするタマは何とか幾人めかの鴉衆を打ち倒したが、それでも着実に後退を余儀なくされていることに苛立ちを覚えていた。
猿彦組はなかなかの健闘を見せてはいるものの、相手兵を討つことまではままならず、ただただ攪乱するための動きを見せるだけに徹していた。
それを太郎佐や次郎佐たちの組が必死で押さえつつ、音羽組の弓兵部隊が後方から支援していく。
それでも鴉衆を押し返すのは困難を極めた。
遠く離れた場所では、クロや兵之輔たちが同じく別の鴉衆の一群を相手に奮闘していたが、鴉衆の得意とする弓兵たちの矢によって、幾人もの味方兵がその餌食となって地面に倒れていた。
遠巻きに、けれど着実に、タマたち別動隊を囲んでくる鴉衆と小田原の兵たち。
しかしそんな彼らの動きに、タマは違和感を覚えていた。
昨日に比べて圧倒的にやり難くはなっているものの、こちらを全滅させようというほどの気迫までは感じられない。
何故だ。いったいこいつらの目的は何なんだ。
タマは間を置くようにして飛びかかってくる兵を斬り、振ってくる矢を払っていった。
太郎佐と次郎佐も負けはしないのに勝てもしない気持ち悪さからか、こちらにちらちらと視線を寄こし、指示を待っているようだった。
「どうします! 大将!」
「これじゃぁ、埒があかねぇ!」
そんなふたりに、タマは、
「いいから耐えろ! ここで奴らを抑え込むんだ!」
ただ、そう指示することしかできなかった。
「貴様ら! 何を考えている!」
そう叫び声をあげたのは兵之輔だった。
「さきほどからちまちま、ちまちまと! まともにやり合うつもりはないのか!」
降りかかる矢は驚くほど少なく、避けるのはあまりに容易い。
敵兵はクロの大太刀があたらないギリギリのところで刀や槍、長刀を構えており、矢はクロたちをわずかばかりに後退させるという、ただそれだけを繰り返している。
このまま構わず敵の中を突っ込んでいくことも考えたが、しかし奴らの企んでいることがわからないまま突撃することに警戒してしまう。
あまりのやり難さにタマは歯噛みしつつ、周囲の動向を必死に窺った。
他の蘇芳満中兵たちも、まるで足止めそのものが目的であるかのような敵の攻め方に、右往左往しているようだった。
敵の槍衾により進軍を抑えられ、矢によって数間後退させられては数歩進軍を繰り返すばかりで、まるで進展がない。
何かがおかしい。
じりじりと噴き出してくる脂汗に、タマはいま一度両手に掴んだ太刀を握り直す。
その時だった。
遠く蘇芳の本陣から、何かの爆ぜる音が聞こえてきたのだ。
見れば、蘇芳本陣から幾筋もの煙が立ち上がり、叫び声が微かに聞こえる。
「――しまった!」
やはり陽動作戦だったか!
そして次の瞬間、周囲の空気が一変した。
「獣憑きめ! 覚悟せい!」
タマを包囲していた鴉衆たちが、この機を狙っていたかのように、一斉に襲い掛かってきたのである。
「ちっ! 舐めるな!」
タマは即座に振り返り、襲い掛かる敵兵を飛び跳ねるようにして斬り刻んでいく。
しかしその心は、蘇芳本陣の方に向いたままだった。
――いったい、何が起こっているというのだ!
タマは、次から次へと襲い来る敵兵を薙ぎ払いながら、一刻も早く本陣に戻らなければと気が逸るのを感じたのだった。




