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灰色猫と終末の犬  作者: ノムラユーリ(旧PN野村勇輔)
第5章

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第4回

 4


「なにを考えておられるのですか」


 クロに声をかけられ、タマはそちらに顔を向けた。


 見れば、クロが心配そうに眉を寄せながらこちらに歩み寄ってくるところだった。


「いや――」

 タマはじっと闇の向こうに見える敵の本陣を見据えながら、

「戦場で出会ったあの鴉衆ども、あまりに手ごたえがなかったのでな」


「……なるほど。奴らはまだ本気を出していない。あるいは、鴉旗を差しただけの偽者かも知れないとお考えなのですね」


「まぁ、そんなところだ」


 事実、鴉衆はタマが噂に聞いていたよりもずっと単調な動きだった。


 本来であれば隠密を主としているという話であったが、そうでなくても彼らの強さは他の兵を凌ぐほど群を抜いているという話ではなかっただろうか。


 それなのに、タマの相手した鴉衆と思われる一団は、他の一般兵とさして変わらぬ強さで、あっという間に斬り捨てることができたことに違和感を覚えていた。


 まるでタマやクロたちの強さを測るためだけに寄こされただけの者たち――そう考えた方がしっくりくるような気がしてならなかったのだ。


 もしそうであるならば、これからの戦でこそ奴らは本気を見せてくるのに違いない。


 恐らく我々の動きを探るために寄こされただけの輩に過ぎず、次に相手にする時には、こちらの動きを読んだうえでの策略で挑んでくることになるのだろう。


 もしそうなれば、我々別動隊も苦戦を強いられることになるだろう。


 タマは軽く息を吐いて、

「橘三国からの援軍の話はどうなっている?」


 するとクロは首を横に振って、

「さて、某には何とも。光春殿の話では、そろそろ到着しても良いころ合いであろうにいまだその気配はないと。こちらから探りを入れることも考えているようですが……」


「そうか――」


「やはり、心配ですか」


「……なんのことだ?」


「我々獣憑き別動隊の力を以てしても、昼間の打ち合いでは押され気味でした。このままでは、吾妻影密のもとに辿り着くことすらできますまい。また、他の砦に配した兵をこちらに寄こしたとて押し切れるかどうか――怪しいところです」


 それはタマも心配していることのひとつだった。


 タマの独断で相手方の本陣まで夜のうちに忍び込み、影密の首を狙うことも考えたが、先日タマが大将首を取ったあの双方ともにやる気のない戦とは違い、相手方の防衛は厳重であり規模も異なる。


 そんなことが可能だとは、さすがのタマにも思えなかった。


 となれば、蘇芳満中軍に橘三国が加わることで数的圧倒力を見せつけ、相手の本陣まで押し切ったところで影密の首を狙うより他に今は道などないだろう。


 すべては橘三国の兵たちの到着にかかっている、そう考えて間違いなかった。


 もしこのまま橘三国が到着せず、蘇芳満中を裏切るような形になれば――


 瞬間、タマの脳裏にかつての宗像城と城下町の焼き討ちがよみがえった。


 あの焼き討ちが、蘇芳の町を飲み込むことになるのだと思うと、それはタマにとって、宗像の者にとって、二度目の敗北ということになりかねない。


 昼の打ち合い終わりには「獣憑きがいてもこの程度なのか」とひそかに声を漏らす雑兵たちの姿もあったが、それは獣憑きであるタマやクロの方がよく解っている。


 妖と化した獣との契約によりその力を得て命を永らえただけに過ぎず、基本的な所は普通の人間となにも変わりはしないのだ。


 だがわざわざそんなことを言い訳にする気などタマにもクロにもありはしなかった。


 ふたりは闇の向こうに見える敵の本陣を見据えながら、かすかな死臭を感じ取っていた。


「……そういえば」

 ふと、思い出したようにクロが声を出した。

「猿彦の容体は? 先ほど、様子を見に伺われておりましたよね」


 その問いに、タマは静かに首を横に振った。


「毒の周りが早くてな――あれではもう、助かるまい」


 タマが金瘡医の幕を訪れたとき、猿彦の身体は全身土気色に染まり、息も切れ切れに、完全に意識を失ってしまっていた。


 あれではもう、起きることなどないだろう。


「左様ですか……無念です」


「猿彦隊は、引き続き私が率いる。安心しろ。猿彦が言う通り、奴らもそれなりの手練れだ。きっと役に立ってくれるだろう」


「――はい」


 ふたりは視線を交わし、改めて闇夜の中にうっすらと浮かび上がる小田原・吾妻の本陣をじっと見つめた。


 あたりに漂う静寂と不穏な空気を、ふたりは静かに感じていたのだった。

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