第3回
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光春は戻ってきた兵たちの負傷者の多さ、大川に倒れる味方兵の多さに頭を悩ませていた。
まだまだ小田原軍が本気を出していないのは明らかであり、このまま橘三国の到着が遅れれば、次の打ち合いで負けてしまうのではないかという危機感すら抱いていた。
クロとタマたち別動隊は今のところ猿彦を除いて全員無事であるが、正規兵やその他農民足軽や傭兵浪人どもはというと、一部壊滅した部隊もあるほどだった。
こちらの損害はざっと一千を超えるくらいだろうか。
本陣から見下ろした紅葉ケ谷大川には無数の兵たちの骸が転がっており、見る限りこちらの兵たちがそのほとんどのように見受けられた。
今でも負傷した兵が自ら傷に布を巻いたり、金瘡医による治療を受けたりしているが、こちらの損害を考えるとただただ不安ばかりが光春を襲うのであった。
この状況を、果たしてどのように主たる隆正さまにご報告すればよいのか……
頭に痛みを覚える光春の隣では、満中の家老である左近時宗がやはり苦渋に染まった面で、
「――やはり一筋縄でいく相手ではないな」
「うむ」と光春は一つ頷き、「早く橘三国の援軍が到着してくれると良いのだが」
「まさか奴らめ、直前になって怖気づいたわけではあるまいな」
「そのようなことは――」
「ない、とは儂も思いたいが、その場合のことも考えておいた方が良いのではないか」
「その場合、とは?」
「それは――」
口ごもる時宗に、光春は閉口してしまう。
時宗の言わんとすることは何となくわかる。
このままこの地を捨てて後退し、西朝廷の援軍を期待するか、それともこちらから降伏を隆正さまに進言するか……
いや、そんなことなど考えられない。あり得ない。本末転倒だ。
我々は、蘇芳満中だけでなく、西朝廷の領たるこの地を守り切らねばならないのだ。
「そんなことを考えるな、時宗。我々は成し遂げねばならないのだ」
「――そうだな。すまない、光春」
「かまわんさ。お前の気持ち、儂にもよくわかるからな」
そんなふたりのもとへ、
「失礼いたしまする」
ひとりの馬廻り兵がふたりの前にやってきた。
「どうした」
「それが、その――」
「なんだ、早う申せ!」
急かす時宗に、馬廻り兵は、
「お、小田原から使いの者が……」
「小田原からっ?」
「ひとりでか?」
「は、はい。文を手に。今、捕らえてございます」
「どうする、光春」
「ふむ――」
光春はしばし逡巡したのち、
「その者をここへ連れてまいれ」
そのように兵に命じた。
程なくして、怯えた様子の小田原兵が馬廻り衆に囲まれるようにして連れて来られる。
小田原兵は平伏すると、震える声と手で、
「こ、こちら、は、わ、我が主、吾妻烏大夫影密よりの文にござりまする!」
光春はその文をざっと開くと、几帳面な文字にじっと目を通した。
そこに書かれていたのは、これ以上被害を大きくしたくなければ蘇芳の支配権を小田原に明け渡すこと、すぐに小田原陽恵まで蘇芳隆正自らがその旨を記した書状を持ってくるようにという要求が記されていたのだった。
「なにが書いてあるのだ!」
眉を潜める時宗に、光春はその文を放り投げるようにして見せると、時宗も途端に顔を真っ赤にして、
「なにを馬鹿なことを! これは無条件降伏せよということだろう!」
「吾妻影密め……どこまでも我々を愚弄しおって!」
「ふざけおって! 冗談ではない! 即刻この男の首を刎ねよ! 今この場でだ! この書状と共に、その首、小田原に送り返せ!」
「よ、よろしいのですか、光春様」
光春は書状と小田原兵を交互に見つめ、そしてこれから始まるであろう本格的な戦闘のことを思いながら、断腸の思いで腹をくくった。
「……かまわん。やれ」
「――はっ!」
馬廻り衆のひとりが、返事と共に大太刀を抜く。
その途端、小田原兵が目に涙を浮かべながら、声を裏返らせて命乞いを始める。
「ひ、ひいっ! お許しを! どうか、どうかわたくしめにそのお返事を――」
光春と時宗は、しかしそんな小田原の懇願を黙ってじっと見つめるばかりだった。
そして次の瞬間。
――ひゅんっ、すぱり、ごろん。
小田原兵の懇願など聞く気もなく、彼のその首は、一瞬にして刎ねられたのである。
血しぶきを上げながらぐらりと崩れ落ちる小田原兵。
馬廻り兵は刀に付いた血を払い、かちりと刀を鞘に収めた。
そして小田原兵の身体を引きずるようにして、切断された首、そして影密からの書状を受け取ると、彼らは本陣の幕をあとにした。
「舐めくさりおってからに! こうなっては、徹底抗戦じゃ! のう、光春!」
「あ、あぁ、もちろんじゃ!」
光春は深く頷いて見せた。
しかし心の奥底では、クロとタマの獣憑きたちに対する期待で、溢れんばかりだったのだった。




