第8回
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黒蕊義信は未だ納得しかねていた。
それはタマが綺羅姫であったことであるのと同時に、或いは宗像を再興することも可能なのではという想いからなる彼の、いまだくすぶり続ける忠誠心ゆえのことだった。
宗像が滅亡してから早十数年。
かの地は小田原領に併合され、今や帰るべき地はどこにもない。
それでも綺羅が生きていたことで仕えるべき主君をふたたび得たそのことが、義信の長年の悔いを晴らす機会となって、今まさに目の前にあったのだった。
宗像再興が儚い夢であったとしても、かつて忠義を尽くしていた主君の姫君が生きていたことは事実である。
彼女を守り抜くことこそが自身のせめてもの罪滅ぼしであると思っていたが、その綺羅姫はもはや自分は一介の傭兵浪人にしか過ぎないと言い捨ててしまった。
それでも義信のなかでは、タマが綺羅姫であることにかわりはなく、願わくは戦から退き、どこぞの国の殿様にでも輿入れしてもらい、その幸せを願ってしまうのは、果たして間違っているのだろうかと悩んでいた。
けれどそれすらも恐らくタマは望んでなどいないだろう。
タマは――綺羅姫はとかく宗像を滅ぼした吾妻の烏大夫、影密を目の敵としており、心の底から仇を討つことを望んでいた。
そしてそれは義信も望むものであり、タマとなった綺羅姫の戦を駆け抜けてきた実力は本物で、これまでの短い付き合いの中でそれは確かなものであることを理解していた。
理解しているからこそ、綺羅姫に戦から退くよう進言することもできず、彼女への発言の端々に、いまだくすぶり続ける自身の忠義心たる中途半端な言葉遣いとなって現れてしまっているのであった。
このまま綺羅姫がタマとして、傭兵浪人として戦場に立ち続ける限りいずれはその最中で命を落としてしまうことももちろんあるだろう。
獣憑きとて常人より身体能力が高いというだけで、不死ではない。
斬られれば傷つくし、致命傷を負えば当然のように命を落とす。
それでも綺羅姫の能力は確かなものであり、この戦で十分に活躍することのできる能力を有しているのは間違いなかった。
戦ってほしくはないが、この戦においては重要な兵力であることに違いない。
その矛盾する想いが、さらに義信の心を苛んだ。
義信は、遠く昇りゆく太陽を見つめながら、双刀の手入れを改めて行っているタマの姿を少し離れたところから窺う。
恐らく、もう間もなく戦が始まる。
小田原が攻め入ってくれば、自分たちは是が非でもその進行を食い止めねばならない。
自分たちは一介の傭兵浪人に過ぎず、例えかつての宗像の者であったとしても、それが覆ることはもうない。
今義信たちが蘇芳の家老光春に呼ばれて本陣の幕にいるのは自分たちが獣憑きであるからにほかならず、彼らもそれを期待して別動隊として百人の兵を預けてくれているのだ。
小田原の、吾妻影密の鴉衆を、その配下で動く権之助を、これから義信とタマで食い止めなければならないのである。
いまだ橘、上貫、千石の援軍が到着する気配のないまま、蘇芳満中同盟軍は小田原がいつ攻め入ってきても良いように防衛の準備を整えていた。
あとは、敵が如何に動き始めるかだ。
義信は腰に佩いた大太刀の柄を握り締めて、じっと敵の陣を見据えた。
――くる。
本能でそれを悟った瞬間、相手方の陣から、大きなほら貝の音が鳴り響いた。
光春が慌てたように幕を上げて飛び出し、号令をかける。
「いざ、迎え撃て!」
それに呼応するように、陣太鼓が大きな音をたてて鳴らされたのだった。




