第7回
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早朝。まだ陽も上り始め、辺りがうっすらと明るくなりだしたころ、吾妻影密は本陣の幕から外に出て、はるか向こう、大川の先に見える蘇芳の本陣を眺めていた。
陣下では多くの兵たちが出陣の準備に駆け回っており、これが完了次第、影密の号令を待つのみとなるのだった。
影密は陽恵から賜った名刀黒曜を手でさすり、蘇芳の陣にいるのであろう綺羅のことを想いながら、ゆっくりとまぶたを閉じて息を吐いた。
すでに覚悟は決めている――つもりだった。
それなのに、こうしてまぶたの裏にうつるのは、あの日、あの時の綺羅の可愛らしい笑顔ばかりだった。
例え偽りの許嫁であったとしても、あの頃の思い出や気持ちまで消えるはずもない。
あの頃の自分は本気で綺羅を愛し、正室として迎え入れるつもりだった。
それなのに、その想いは父と小田原の手によって塵と化した。
あの時の衝撃を如何に言葉にすれば良いか、影密には未だに浮かんではこなかった。
今も思い出すほどに胸が痛み、目頭が熱くなる。
そんな女々しい自分を叱咤しつつ、いま一度瞼を開き、腰に佩いた黒曜の柄に手をやった。
かつて未来を約束した仲であろうと、今は間違いなく敵である。
いや、綺羅からすれば自分は祖国を滅ぼした男の息子であり、国の主である。
綺羅の恨みを思えばこそ、ここで手を抜くことなどできなかった。
もう、迷ってなどいられない。覚悟は決めた。
影密は黒曜の柄を強く握りしめ、再び大川の向こうを見据えた。
本陣と前線砦におよそ二万。後方の砦にも他に五千の兵を控え、ともすれば更に五千の援軍を寄こすと陽恵より文が届いた。
恐らく陽恵は西の朝廷からの援軍も念頭に置いているのだろう。
あるいは近隣諸国にも呼び掛けている可能性すらあった。
この状況下で、よもや自身が陣を出て黒曜を抜くようなことも恐らくないだろう。
まして、光房率いる鴉衆の暗殺部隊も控えている。
必要とあればいつでも蘇芳の本陣に忍び込み、大将の首を斬ることもできるのだ。
恐らくこの戦、そう長く続きはすまい。
早くて今日中、遅くとも明日、明後日のうちにはこちらが勝利を収めているはずだ。
「――準備、整いましてございます!」
ひとりの兵が駆け寄ってきて、影密の前に跪いた。
気づけば、影密の横には家老衆も準備を済ませ、影密に頷いていた。
影密も頷き返し、眼下に並ぶ兵たちを見おろす。
明るくなり始めた空の下、影密は大きく息を吸い、
「いざ、出陣!」
張り裂けんばかりの声をあげたのに呼応して、ほら貝の音が鳴り響いた。




