第6回
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「遅かったな――どうした猿彦!」
クロの言葉に、タマは途中から肩を貸して歩いていた猿彦をおろしてから、
「急ぎ金瘡医に。足をくじき、背中に矢を受けた」
「大丈夫なのか?」
「一応な。ついでに敵の一団は全員始末しておいた」
それに対して、猿彦はどこか苦しそうな息をしながら、
「すみません、俺がドジを踏んじまったせいです。タマさんの所為じゃない」
「いいから、すぐに傷の手当てを」
「は、はい」
タマは手近にいた兵に猿彦を金瘡医に見せるよう指示すると、クロと並んで光春たちのいる幕の方へ歩みを進めた。
「クロの方はどうだった? 準備は?」
クロは「こちらは順調に」と答えて、
「しかし、橘、上貫、千石の同盟軍がいまだ到着の気配がなく、光春殿が気を揉んでおられるご様子」
「だろうな」
幕を抜けると、そこには光春を始めとした蘇芳や満中の家老、各国の大将が大きな机に広げた地図を囲みながら、神妙な面持ちでこちらに顔を向けた。
「――おお、戻ったか」
「して、敵の砦はどのようだった?」
タマとクロは手短に偵察の結果を彼らに伝え、地図に砦の位置と兵数を書き記していく。
それを見て、各々眉間に深いしわを寄せてうなりを上げた。
「本隊がおよそ一万。上流側に三つの砦と二千ずつ計六千。下流には二つの砦に二千ずつ計四千。併せて二万兵か……」
「このほかに恐らく後詰の砦もいくらかあるものと考えると、その数は果たしていかほどなのでしょうか……」
「朝廷からの援軍は? その話はないのですか?」
「文は届けたが、いまだ返事はない。よもやこの海の要衝たる蘇芳を見放すことはないと思われるが、あちらとて軍の手配にそれなりの時間がかかろう。期待せぬ方が良いと思う」
「この数で小田原を抑えきれると思いますか?」
「さて……やるだけのことはやってみるしかないでしょうな」
「クロ殿」
「――はっ」
「クロ殿たち別動隊には前線が崩れた際の斬り込みとして我が軍を率いてもらいたい。かつて宗像の総大将であったそなたの実力、ここでしかと見届けさせていただきたい」
「も、もちろんでございます!」
「うむ、よろしく頼みましたぞ」
「それでは、我々はどのような配置で動けば――」
「おお、そうだな。まずは上流と下流の砦を警戒しつつ……」
タマはそんな男たちの会話を耳にしながら、どこか別の世界の話をしているような気になっていた。
いや、そもそも自分は一介の傭兵浪人に過ぎないのである。
今回はたまたまクロが宗像の元総大将であったから本陣の中にまでお呼ばれされているが、本来であれば自分は戦の前線に立たされるだけの捨て駒にしか過ぎないのである。
こんなところで男たちの話を聞いていても仕方のないこと。
自分はただ、彼らの命令通りに動けばそれでいいのだ。
そして、願わくは影密の首を刎ねることができれば、それで――
タマはため息をひとつ吐くと、黙って幕の外へ足を向けた。
男たちの喧々諤々の議論を背中にしながら、金瘡医たちのいる幕を訪れる。
そこには簡易的な寝床がいくつか作られており、その中に猿彦の姿を発見し歩み寄った。
「……大丈夫か、猿彦」
「……タマさん」
猿彦は浅い息を何度も繰り返しており、どうにも顔色が悪い。
タマは怪しく思い、近くの金瘡医に声をかける。
「おい、猿彦の様子がおかしい」
「あぁ、恐らく毒矢を受けたのでしょう」
「なんだとっ!」
「一応清めて薬は塗っておりますが、効くかどうかは天のみぞ知る、でしょうな……」
「……ほ、ほんとうに、申し訳ない……!」
身を起こそうとする猿彦を、タマは無理やり抑えて寝かしつけつつ、
「起きるな、猿彦。今はとにかく傷が癒えることを優先させろ」
「は、はい――しかし、俺の組はいったい誰が……」
「安心しろ。私がお前の組を従える。お前はとにかく、今は休め」
「すみません……タマさん」
そのまま静かに瞼を閉じる猿彦。
タマはこくりと頷いて、金瘡医の幕をあとにする。
……猿彦の傷が癒えるかどうかは恐らく望み薄だ。
これまでいくつもの戦場で、タマは毒で死にゆく兵たちの姿を目にしてきた。
自分もああはならないように気を引き締めねば。
タマは、強く拳を握り締めたのだった。




