第4回
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元氷川の国との国境に建てられた尾関山砦からの報告に、武田光春は驚愕と共に派兵の指示に追われていた。
それは氷川の端、紅葉ケ谷大川を挟んだ向こう側に築砦の動きありというものだった。
小田原が攻め入ってくる準備を着実に進めている。
しかも、それは光春が当初想定していたよりもずっと早いものだった。
こちらも急ぎ本陣を構え、戦仕度をすませなければ。
しかし、橘、上貫、千石の兵がこちらに到着するまでには早くても四日はかかる。
その前に小田原に攻め入られることになれば、なんとかその援軍が来るまでもち堪えねばならなかった。
光春が下した決断は、先日炎上した小田原の隠し砦の焼け跡を、こちらの本陣として構えることであった。
あの辺りは国境があいまいであり、こちらの領地として判断すれば紅葉ケ谷大川にもほど近く、あの辺りを主戦場として蘇芳の防衛線を張ることができたのだ。
他にもその手前に新たに砦をいくつか築き、派兵する必要があるだろう。
「万事、光春に差配を任す」
主君である蘇芳隆正は光春にそう命じた。
その責任の重大さに、光春は吐き気を催しそうだったが、しかし命じられたからにはその期待に応えなければならなかった。
光春は焼け跡に一日で陣と高見櫓を建てるように指示し、すでに満中から集まっていた兵を含めた正規兵およそ一万八千のうち、一万を二千人ずつの五つの砦に控えさせた。そして蘇芳本国の防衛に若干を残したうえで、本隊五千人と傭兵浪人二千四百人を本陣となる焼け跡へ向かわせた。
これには別動隊となる黒蕊たちも含まれており、彼らには他に小田原の動きを偵察、妙な動きがあれば独断で討って出るように指示した。
かくして三日後、蘇芳満中軍と小田原・吾妻軍は紅葉ケ谷大川を挟み、対峙することとなったのだった。
光春自身も本陣となる焼け跡に赴き、一日で建てたにしては十分すぎるその様相に感嘆しつつ、しかし遠くに見える大川を挟んだ向こう側の小田原の兵の多さに度肝を抜かれてしまうのだった。
「――いったい、どれだけの兵数を本隊として準備しているんだ、やつらは」
「目測ですが、凡そ一万。見える範囲でしかありませんので、実数は不明です」
馬廻り衆のひとりからの報告に、光春の心臓はひやりとする。
こちらは各砦に控えとして二千ずつ配備したが、本隊は傭兵浪人含めて凡そ七千五百。
采配する数を間違えたかと思いながらも、しかしあちらもそれを上回る数の兵を後ろに控える砦に残しているのではないかと考えると、明日までには到着するであろう橘以下三国の兵を待ち望むよりほかに道はない。
橘三国から約束を取り付けたのは三国全てで凡そ七千。これを本隊に含めれば、今のところは小田原軍を凌駕するだけの兵数となる。
本来であればこの合戦が始まる前に橘三国の将たちと作戦会議をしたかったが、このままではいつ小田原が動き出すかわからなかった。
「攻め入ってくる動きはあるか」
「いまのところは、なんとも。ただ――」
「ただ?」
「あちらの本陣に見える真に黒き幕からして、恐らく総大将は……」
「吾妻の烏大夫、影密か」
「おそらく」
隠密行動を得意とする将自らが総大将として表に出てくるとは、いったいどういうことなのか。
影密が総大将であるとすれば、あの鴉衆もこの戦に本腰を入れて投入されることとなるのだろう。
黒蕊の話によれば、そこには獣憑きが含まれている――いや、そもそも、影密自身がその獣憑きそのものなのだ。
今だ手合わせをしたことのない相手に、光春は及び腰になりそうな自分を叱咤しつつ、
「――頼んだぞ、黒蕊殿、タマ殿」
懇願するように、小さく呟いたのだった。




