第1回
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タマとクロはそのまま眠ることなく、その日の訓練が始まった頃合いから順々に木賃宿の連中を見て回った。
だがその多くは普通の力を持った傭兵浪人でしかなく、クロやタマが追い求めるほどの力量をもった傭兵を見つけることはなかなかできなかった。
ひとりひとりの動き、能力、洞察力を見極めていくのにはそれなりの時間がかかり、そろそろ訓練の時刻を過ぎた頃にはまだ半分も傭兵たちを見ることはできなかった。
そんなときだった。
「――クロ! クロではないか!」
最後に入った訓練場で、急に声をかけてきた鬼のような大男がいたのである。
よく日焼けしたその顔は傷だらけで、如何にも歴戦の傭兵といった塩梅だ。
「これは! 兵之輔ではないか!」
「久しぶりだなぁ! 住之江での合戦以来か! 元気にしているようだな!」
「うむ、兵之輔も元気そうで何よりだ。お前も蘇芳に雇われていたのだな!」
「あぁ、ここで手柄を立てて、いま一度蘇芳の城に仕官しようと思ってな」
「なるほど! お前ほどの腕前であれば、それも夢ではなかろうな!」
「ところで、そこの女はお前の嫁か?」
「ち、違う違う! この方は――あ、いや、こいつは、俺の知り合いだ。オレと同じ獣憑きだ」
「ほう! まさかお前の他にも獣憑きと出会うことが出来ようとは!」
兵之輔という男はタマに身体を向けると、大木の太い幹のようなごつごつとした腕をタマに伸ばし、
「わしは森田兵之輔。かつて小田原に滅ぼされた三河の国で将をしていた。お前は?」
握手を求めてくる兵之輔に、タマはわずかばかり躊躇ったのち、ゆっくりとその手を握り締めた。
がっしりと力強く握り返されたその手にも、幾重もの傷跡が残っている。
「タマだ」
「タマ。猫みたいな名前だな。それにその灰色髪は――そうか、お前が噂の灰色猫か」
言って兵之輔はまるでクロと似たようにかつかつと豪快に笑う。
「いいじゃないか。まさかこの戦に終末の犬と灰色猫が揃うとはな! いくら小田原に鴉衆の連中があろうとも、お前ら二人の力があれば何も心配することはあるまい! それで、今お前らはここで何をしているのだ?」
「実はな……」
そこでクロはここまでの出来事を詳細に語り、別動隊として編成する兵を見繕っていることを兵之輔に聞かせたのだった。
「なるほど、クロを中心とした百人の別動隊か」
「あぁ、できればそれなりに力を持った連中で固めたい。いくらこちらに獣憑きがふたりいるとはいえ、あちらには漆黒の鴉ともうひとり、狐の獣憑きがいる。鴉衆のことを考えれば、こちらにもそれに相当する戦力が必要になってくるだろう」
そうだ、とクロは手を叩き、
「兵之輔。お前の腕前は確かなものだ。ここまで幾度も同じ戦場で戦ってきたこともある仲で、信頼に値する。お前を別動隊に入れたいのだが、どうだろうか」
「おお! 願ってもない頼みだな! そこで手柄を立てれば、蘇芳への正式な仕官にも役立ちそうではないか!」
「そうだろう、そうだろう!」
クロもうんうんと頷き、タマの表情をこっそりと窺ってきた。
クロの言わんとすることを理解したタマは、いま一度兵之輔の佇まいやその如何にも豪胆な姿に感心した。
終末の犬と謳われるクロが認めるということは、その腕前も確かなものであるのに違いない。
先ほどの彼の手は確かな力強さと真面目さがあって、かつて将をしていたというのも頷けるほどであった。
ならば、何を迷うことがあるだろうか。
タマは頷き、そして兵之輔に、
「――頼む。私からも力を貸してほしい」
すると兵之輔は心底嬉しそうに破顔して、
「ふたりもの獣憑きにそのように頼まれて断れるはずもない! この森田兵之輔、そなたらの願い、しかと受け止めたぞ!」
クロと肩を組合い、大仰に笑って見せた。
「ところで兵之輔。お前、別動隊に組み入れられそうな力がある傭兵を他に知らないか?」
「うん? そうだなぁ、見たところ、知っている顔もちらほらある」
「先ほどからこのタマとふたりで回っているのだが、どうにも時間がかかって進まない。お前にも心当たりがあれば、その傭兵たちに声をかけてみてもらえないだろうか」
「おう! 任せろ、クロ! いや、黒蕊義信殿と丁重にお呼びしよう。なにしろ、別動隊の大将は貴殿なのだからな! なぁに! この兵之輔、貴殿の求める最高の力を持った傭兵を必ずや集めてやろうではないか! 明日までには精鋭を集めておくから、期待して待っておるがよいわ!」
兵之輔は、胸をバンバン叩きながら、そう宣言したのだった。




