第8回
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木賃宿に戻るころには、そろそろ東の空が白み始めていた。
クロは家老たちへの報告の際、タマが宗像の元姫君だということは伏せたまま全てを代わりに報告してくれた。
それはタマがすでに綺羅ではないことをクロ自身が自らに言い聞かせるかのようであり、これまで培ってきたクロの武士としての務めのように思われてならなかった。
それにしても、である。
タマは改めて山砦のあった方に身体を向け、じっとそちらを睨みつけた。
まさか、あの場で、憎き仇敵と邂逅することになろうとは思ってもいなかった。
吾妻烏頭大夫影密――いや、漆黒の鴉。
噂は常々耳にしていた、獣憑きと化したかつての許婚。
いつから彼が獣憑きになったかまではタマも知らない。
ただ、いつの間にか小田原に漆黒の烏ありと謳われるようになったのは、ここ数年の小田原の台頭とほぼ同時期だったように思われる。
彼の身に何があったのか、タマは知らない。
いや、知る気も毛頭なかった。
奴もどこかで命の危機に瀕し、そして鴉の妖と契約し同化したのだ。
そうして、タマやクロとあのような場所で再び相まみえることとなった。
全ては因果か、運命か。
蘇芳と小田原の戦が、このような形で宗像の雪辱を晴らす場となろうとは思ってもいなかった。
恐らくこちらに獣憑きがふたりいると判った以上、小田原も戦に影密と権之助を投入してくることになるだろう。
それはつまり、獣憑き同士の争いが起こるということに他ならなかった。
タマは他の戦場で獣憑きと対峙したことはほとんどない。
それだけ獣憑きという存在は稀ということである。
先の小競り合いの戦では敵国にクロがいたようだが、忍び込んで大将の首級を狩った際の侵入では、タマの顔に驚き動けなかったと自ら告白していた。
その気持ちは判らなくもなかった。
死んだと思っていた主君の姫と同じ顔が突然現れたのだ。
驚かないわけがない。
おまけに宗像の国を守れなかった重責に耐えていたクロのことだ。
今も心のなかでは忠誠心のもと、私に対して思うことがあるに違いない。
それがクロの表情からありありとうかがえるのだった。
「別動隊の差配はこちらに任されたが、どうする?」
タマはクロに訊ねた。
クロが別動隊の大将を任された以上、タマはクロの指示に従うつもりだった。
クロはふむと顎に手をあて、それから、
「いま一度、全ての木賃宿の訓練を見て回ろうと思っております」
まるで家臣が主君に語るように、そう口にした。
いまだにクロの中にはタマに対する忠義心がくすぶっているのが解る語り口調だったが、タマはそこにあえて触れなかった。
「こちらも奴ら獣憑きたちに対して、それなりの力を持った者たちが必要です。特に漆黒の鴉はその配下に鴉衆と呼ばれる弓や鉄砲を使う精鋭部隊を引き連れているという話しを耳にしております。また、あの権之助が実際にどれほどの実力を持ったものなのかいまだ未知数。此度はただただ我が剣から逃げるばかりでヤツ自身の実力を測ること叶いませんでしたが、少なくともそれに対応し得る兵を集めたほうがよいでしょうな」
「……そうだな」
タマもこくりと頷いた。
こちらもあちらも獣憑きがふたりいる。
しかしそれに従う兵の数で言えばこちらは圧倒的に不利だ。
寄せ集めの集団になってしまいかねない現状よりも、こちらからなるべくできる奴らを選び出し、別動隊を組んだほうがいいだろう。
戦までの時間は恐らくかなり少ない。
今ともに暮らしている他の男連中の実力はさほどではないから候補として弾くとして、まずはクロの言う通り、他の木賃宿を巡り歩くところから始めないとならない。
歴戦の傭兵浪人が、この木賃宿のどこかにいる可能性もあるのだ。
とにかく短い時間でできる連中を集めて、影密の鴉衆に対抗しうる集団を創り上げる。
これが目下のタマとクロの目標になりそうだった。
「いこう、クロ。私も同行する」
「――わかりました。行きましょう、タマ殿」
ふたりの意志はいま、確固たるものになったのだった。




