第3回
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綺羅……やはり、そうであったか。
クロは――黒蕊義信は今目の前に立ち尽くしているタマの後ろ姿を目にしながら、これまで胸の中でもしやと思っていた疑いが完全に晴れるのを感じていた。
それだけではない。
義信は“綺羅”が生きていたことが心の底から嬉しかった。
あの日、あの時、あの晩。
護ることのできなかった主君の姫君が、今まさにここにいるのだというその想い。
けれど、それと同時に、このような身にやつしてしまったことが心苦しくてならなかった。
「――その名はとうに捨てた!」
タマは――綺羅は双刀を構え、今まさに黒衣の男に飛びかからんと腰を屈めた。
義信はそれを一瞬止めようとしたが、それよりも相手の女の方が早く動いた。
「影密様はお逃げ下さい!」
「暮華!」
男が――影密が――綺羅と義信の国を滅ぼした国の現国主が――権之助に護られるようにして、その女の名を口にした。
獣憑き。
クロにもその動きで女が獣憑きであることはすぐに解った。
暮華は一気に綺羅に襲い掛かり、ふたりの鍔迫り合いが始まった。
激しい火花を散らしながら、刀と刀がぶつかり合う。
互いに宙返りをして相手の刃を避け、また壁を蹴って相手の懐へと飛び込んでいく。
獣憑き同士の戦いの最中、影密と権之助が外へ出ようとじりじり動き始めたのを、義信は見逃さなかった。
大太刀を構え、憎き敵国の国主をじっと見据える。
「我の名は|黒蕊上之総義信《くろぬい かみのふさ よしのぶ》! いざ、主君の仇を!」
その途端、権之助が件のへっぴり腰のまま義信の懐へと飛び込んできた。
目にも止まらぬ早さで刀を抜き、義信の降り下げた大太刀を見事に斜め上へ振り払って見せる。
これは――そうか、へっぴり腰なのではなく、最初からそういう戦い方だったのだ。
腰を低くして相手の刀を効率よく振り払ってゆくそのさまに、義信は何度も大太刀を振り続けたが、その度に全てを躱されてしまう。
「おいおいおい! 終末の犬ってのはそんなもんなのかい? ただ力任せに刀を振り回してるだけじゃねぇか!」
「何を言うか! 貴様もただ避けて逃げまどっているだけであろうが!」
「それで良いんだよ! 主君さえ逃げ切れればなァ!」
「なにっ!?」
見れば、当の影密は集まってきた黒甲冑の兵士たちに守られながら、主殿から出ていこうとしている。
「どこ見てんだよ!」
――キンッ!
甲高い音がすぐ耳元で聞こえ、義信は体制を立て直した。
今は影密のことを放っておくしかない。
とにかく目の前にいるこの男を、権之助を討たねばならないようだ。
「覚悟せい! 権之助えええええっ!」
義信は大きく叫び、大太刀を力いっぱいに振り下ろした。
権之助はひらりひらりと飄々とした動きでそれを避けていく。
それが如何にも義信を馬鹿にしているようで腹立たしくてたまらなかった。
勝つ気はないが負ける気もないその動きがより一層義信の怒りを増長させた。
「ほうら、やってみやがれってんだ、力バカが!」
「この卑怯者め! 真っ向から勝負しろ!」
「んなことできる訳ねぇだろ! 言ったじゃねぇか、俺は戦じゃ逃げることしかしないってなァ!」
「貴様ああぁぁ!」
腹立ちまぎれに何度も何度も打ち込むものの、そのすべてをひらりと躱していく権之助。
「狐の獣憑きを舐めんなよ? 逃げることなら得意なんでな」
「ふざけおって! 権之助えぇ!」
しかし、どんなに義信が大太刀を振り回しても権之助には当たらなかった。
そうしている間に、影密は主殿から外に出ていってしまう。
「砦を捨てる! 火を点けよ!」
影密が叫んだ直後、影密を守っていた兵士たちが次々に松明を燃やし、こちらにそれを投げつけてきた。
アッと思ったときには周囲に火が回り、めらめらと炎が辺りを取り囲む。
「さぁ、どうする、クロさんよ! このままだと俺たちふたりともここで焼け死んじまうぜ!」
「おのれらああああぁぁ!」
義信は、腹の底から怒声をあげたのだった。




