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灰色猫と終末の犬  作者: ノムラユーリ(旧PN野村勇輔)
第3章

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18/30

第1回

 1


 その山砦は、まるで周囲の高い木々に隠れるように聳え立っていた。


 それはタマやクロほどの獣憑きでなければ夜の闇の中で見ることすらできないほど、見事に偽装されている。


 例え蘇芳の方からこちらを見上げてみても、恐らく山の木々の影に隠れて全く気付くことすらできないだろうほどに、その気配を隠しきっていた。


 篝火ひとつ焚いていないのは、ただ淡々と蘇芳の動向を窺っているからに他ならないだろう。


 こちらに近い櫓の上には兵士がひとり、タマやクロにはまるで気付く様子もなく、遠く蘇芳の街並みを凝視していた。


「まさか、こんな近いところに山砦が建っていたなんてな」

 小声でクロが、感心したように口にした。


 タマは「そうだな」と声を潜めて小さく頷く。


 もともとここに建っていたのか、それともつい最近、蘇芳に攻め入いる前線基地として建てられたものなのか。


 砦の印象から、国防のためのものでなく偵察目的であろうことだけは確かなように思えた。


 いずれにせよ、このまま放っておくことはできない。


 あの女も、権之助も、恐らくはこの砦の中に逃げ込んだのに違いないのだ。


 耳を澄ませ、砦の中にどれだけの兵が配備されているのか気配を探る。


 ……恐らく、さほど常駐人数も多くはないはず。


 数十人から、多くても百はいかない程度だろう。


 時折、人の足音が聞こえてくるが、その数はとても少ない。


 寝ている兵の数も加味すれば三十から四、五十ほどの小規模砦。


 タマはクロに顔を向け、クロもまたタマに顔を向けた。


 互いに視線が交わり、自然とこくりと頷き合う。


 問題はどこから侵入するかだ。


 タマは身軽であるから、どこからでも侵入することが出来そうではある。


 砦を取り囲む柵塀はそこまで高いものではなく、タマの身体能力であればふたつ飛びで中に入ることができるだろう。


 しかし、クロの体格や重さではそれは明らかに難しそうだった。


 自分が先行して中に侵入し、どこかクロを招き入れられそうなところを見つけ出すことができれば。


 その意思を問うようにクロに視線を再度向ければ、クロもタマの意志を口に出さずとも理解してくれたのだろう、静かに頷き、そっと壁際に身を寄せて影に入った。


 タマの前で両手を組み、タマが柵塀をより容易に飛び越えられるよう支援してくれるようだった。


「お前は先に中に入れ。俺は門を探しておくから、中から開けてくれ」


 タマは黙って一歩後ろに下がり、強く地を蹴ってクロの両手に足をかける。


 瞬間、クロがタマの乗ったその両手を一気に上に振り上げた。


 タマはさらにクロの両手を蹴って、軽々と足音もなく柵塀を乗り越えたのだった。


 辺りの様子を窺い、人影は愚か篝火ひとつないことに違和感を覚えつつ、周囲の気配に全神経を集中させる。


 気味の悪いほどの静けさのなか、不意にタマは視線を感じた。


 見つかったか、と一瞬緊張して身構え、視線を感じる方に顔を向けた。


 そこには黒い甲冑に身を包んだ兵士があたりに注意を払っていたが、その視線はタマを素通りするように他所へと向けられた。


 どうやらいまだタマが忍び込んだことには気づいていないらしい。


 ほっと胸を撫で下ろしながら、クロが潜入できそうな場所を探る。


 あたりが暗いうえに砦の全てが黒く、夜目の利くタマですら目を凝らさなければはっきりとその輪郭や姿を捕らえることはできなかった。


 それは恐らく、あちらさんも同じなのだろう。


 あの女や権之助のような獣憑きではなく、ただの人であればこそ、なおのことタマの気配など感じてはいないはずだ。


 それを隙と見たタマは駆けだし、その兵士のところまで忍び寄ると背後に回り込み、脇の刀を音もなく抜いた。



 ――スパリ、ゴロン。



 男の頭が胴体から斬り離され、血しぶきをあげながら地面の上に力なく崩れ落ちる。


 返り血など気にすることもなく、タマはさらに辺りの気配に神経を集中させた。


 じっと周囲を見回して、数間先の柵塀に小さな木戸が設けられていることに気が付いた。


 木戸の前には兵士がふたり、しっかりと門を守るように佇んでいる。


 このふたり以外に気配はなく、同じく始末してしまえば、あそこからクロを入れてやることができそうだとタマは判断した。


 その後のタマの動きは一瞬だった。


 兵士ふたりはもはや鼠や小鳥のような獲物でしかなく、タマの気配に気づいた時にはすでにその首から大量の血がしぶきを上げて、叫び声すらあげることもままならなかった。


 驚き顔のもう片方の兵士の首に、右手に握った刀を力いっぱい投げつければ、その刃は兵士の首筋を見事に貫き、あっという間に地面にはふたり分の大きな血だまりができあがっていたのだった。


 タマは音を立てないように木戸の閂を外し、ゆっくりと戸をわずかに開けて様子を窺う。


 見れば、門の向こう側にはクロの姿があった。


 その足元には、さらに別の兵士二人の骸が転がっている。


「――開けるならここかと思って、先に始末しておいた」


 ほくそ笑むようなその声に、タマは静かにクロを砦のなかへと招き入れたのだった。

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