第7回
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暮華は城に忍び込みながら、いまだ納得のいかない気持ちだった。
本来であれば城への侵入と妨害工作は光房の役目だったはずなのに、奴め、他に優先すべきことができたとか抜かして、潜入暗殺をこの私に押し付けてくるとは。
忌々しく思いながら、暮華は人での少ない場所を探り探り、城の奥へと進んでいった。
同盟を破綻させる工作さえしてしまえば良いだけの話だったが、あらゆる情報工作を行っても、同盟の話は遅々として進まないというだけで、破綻にまで持っていけていないのが現状でだった。
かくなるうえは使者のいずれかを亡き者にし、その罪を、蘇芳か満中の手によるものと思いこませることが手っ取り早いと判断したのも光房である。
「これが成功するか否かはお前にかかっているから、失敗すんなよ」
そう軽口をたたく光房のあのしたり顔が思い浮かび、その首を絞め殺してやりたい気持ちで暮華の心はどす黒く染まっていた。
けれど、自分とて鴉衆が獣憑きのひとり、黄昏の鼠と呼ばれる手練れであるという自負がある。
いつも光房にいい様に利用されているような気がするが、必ずやこの作戦を成功させ、光房よりも高い地位を得て目にもの見せてやらなければならない。
そう暮華は胸に固く誓っていた。
やがて暮華は厳重な警備をすり抜け、橘の国の家老が眠る一室の屋根裏に忍び込んだ。
なるべく物音を立てないように進み、家老が眠るすぐ真上に辿り着く。
腰に差した刀を手に掛け、一気に引き抜く。
まずはここでこの家老を亡き者にし、警護の誰か一人を殺してから、そいつがやったことにしてしまえば簡単な話だ。
家老を守る警護は全部で4人。部屋の各隅に座し、うつらうつら全員が船を漕いでいるありさまだ。
こんなにも呑気な国などさほど警戒する必要もなく攻め込めばよいものを、影密様は確実に勝てるように下準備を整えてから攻め入ることにこだわりをもっていた。
ならば、自分も影密様の命令に従うまで。
暮華は屋根板を外し、その隙間から音もなく降り立つと家老の胸倉に向かって刃の切っ先を向け、振り上げて――
瞬間、自分の背に立つ気配に気づいて咄嗟に刀をそちらに振りかざした。
――なにやつ!
果たしてそこに立っていたのは、爛々と瞳を輝かせた細身の灰色髪の汚らしい姿の女だった。
いったい、いつの間に私の後ろに!
暮華は動揺を隠せなかった。
刀を構え、すぐにでも斬り捨てなければと睨み合う。
いや、睨み合ったつもりだった。
その途端、先に動いたのは灰色髪の方だった。
音もなく二振りの刀を抜くと、目にも止まらぬ早さで暮華に切りかかってきたのである。
――カキン! カキン!
咄嗟にそれを受け止める暮華との鍔ぜり合いに、甲高い音と火花が散る。
「な、ななな! なにごとだ!」
その音に目を覚ました橘の家老が、慌てたように上体を起こしてあとすさった。
「だ、誰か! 誰か居らぬか!」
「――ちっ!」
暮華は思わず舌打ちする。
作戦は失敗した。そればかりか、この灰色髪の女はいったい誰だ――
そこで、暮華はハッと噂話を思い出した。
猫が如き俊敏な動きで戦場を駆る灰色髪の女。
「灰色猫」
さながら鼠を狩りに来た猫が如く、暮華は完全に劣勢だった。
「なにごとにございますか!」
四人の警護が次々に木戸を開けて中に駆けこんでくる。
「その男を守れ! こいつは私がやる!」
そう叫んだのは、灰色猫の方だった。
「な、なにっ?」
警護の者たちは戸惑いながらも事態を把握したらしく、橘の家老を取り囲むようにして刀を抜いた。
こうなってしまっては、暗殺などできるはずもない。
いや、この女――灰色猫にこのまま殺されてしまう可能性すらある。
かくなるうえは、とにかく逃げる以外に選択肢などなかった。
暮華は懐から煙幕玉を取り出すと、灰色猫がこちらに駆けだすのと同時に、床の上に叩きつけた。
一瞬にして煙が辺りに満ち、家老や警護たちの咳き込む声が聞こえてくる。
――ひゅんっ! ひゅんっ!
灰色猫の刃が空を切る音がすぐ目の前から聞こえてきた。
暮華は灰色猫の素早い剣さばきを命からがら避け、警護たちの開け放った木戸から急いで外へ飛び出した。
城内を警護して回っている見回りに見られても構わず駆け抜け、一気に屋根の上に飛び乗ると、城下町の屋根を伝い、遠く林の方へ向かって懸命に駆け抜けた。
後ろは見ずとも気配でわかる。
灰色猫が、一定の距離を保ったまま――いや、わずかながらその距離を詰めてきながら追いかけてきているのが気配でわかった。
ここで殺されるわけにはいかない――
暮華は、その小柄な体を生かして、廓の賑わいの中に飛び込んだのだった。




