第5回
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翌朝もいつものように訓練が行われた。
長槍、刀、実践に即した戦闘術――
もともと傭兵上がりの多いこの木賃宿に置いて、その訓練は実に統率の取れたものだった。
ただ、やはり一人を除いて。
「――権、なんだそのへっぴり腰は」
「あん? なんかおかしいか?」
木刀を用いた打ち合いの訓練中、クロが権之助に呆れたように口にした。
権之助は腰が引けたような逆くの字で打ち合っており、体勢からして見ていられないありさまだった。
珍しく長槍以外の訓練までこの場に留まっているのは良いのだが、これが実戦になると果たしてどうなることやらだ。
……いや、そもそもこの男は、実際の戦では逃げ回るつもりだと言っていたっけ。
軽くため息を漏らしたタマは、クロと権之助、そして同じく呆れたようにそんなふたりの様子を窺う他の浪人傭兵たちの姿を眺めていた。
タマも打ち合いでは彼らと同じく訓練に参加していたが、誰を相手にしてもすぐに音を上げてしまうので、少々物足りなさを感じていた。
そろそろ同じ獣憑きであるクロを相手に打ち合った方がいい訓練になるかもしれない。
しかし、そのクロはほとんど権之助につきっきりのような状態で、到底タマの相手をしてくれそうな余裕はなさそうだった。
もうここまでくれば本気で見捨ててしまっても良いような気もするのだけれども。
それでもクロは権之助とその相手を何度も打ち合わせ、他の傭兵よりも厳しい指導を続けるのだった。
やがて権之助はそんなクロの厳しさに音を上げて、
「――ま、まった、ちょっと休ませてくれ」
「ダメだ! もう一度!」
「そんな、このままじゃ戦になる前に死んじまうよ!」
「なに言ってやがる! そんな弱音を今のうちから吐くとはなにごとだ!」
「ちょ、ちょっと、小便! 小便に行く休みくらいくれてもいいだろ!」
「はぁ? そう言って、また抜け出す気なんじゃあるまいな!」
「大丈夫だって! 今日は逃げねぇ! 昨日約束したじゃねぇか!」
「絶対だな? すぐに戻ってくるな?」
「あ、あぁ、戻る! 戻るから!」
「しかたのない奴め! ならさっさと行ってこい!」
「あ、ありがたい……!」
言って権之助は木刀を放り出し、木賃宿の離れた場所にある厠へ小走りに駆けていく。
そんな権之助を、クロはため息交じりに見送って、
「では、奴が帰ってくるまで、俺がお前の相手をしてやる!」
残された権之助の相手に向かってそう叫んだ。
「え、ええ! あんた獣付きだろ! 俺が叶うわけないじゃないか!」
「ちゃんと手加減してやる! さぁこい! 来ぬならこちらからいくぞ!」
――ガン! ガン!
クロの力強い剣さばきと勢いに、相手の男は歯を食いしばりながら耐えていた。
それを後ろ目にしながら、タマはそっと権之助のあとを追う。
権之助が逃げ出さないか確認するのと、そしてもうひとつ、厠のそばの林には、昨夜人影が記号を彫った木があったからだ。
まさか、と思いながら宿の影に隠れながら様子を窺えば。
――やはり。
タマはその木に手を触れる権之助の姿を目撃したのだった。
飄々としてどこか胡散臭い男だと思っていたが、いったい奴は何を考えているのか。
そして昨夜目にしたあの人影とはどういう関係なのか。
権之助は不意に辺りを見回すと、その木にさらに何かを書き込むような仕草を見せる。
恐らく、昨夜の人影に何らかの返事を残しているのだろう。
「よし」
権之助の囁くような声が聞こえて、再びこちらに戻ってくるのを見届ける前に、タマは一瞬にして訓練場へと駆けて戻る。
――やはりあいつは、何かを隠している。
一番に考えられるのは小田原かどこかの間者だろう。
しかし、だとしても、こんな傭兵浪人たちにいったい何の用があるというのか。
日々の訓練の様子? それとも兵力の情報?
そんなもの、わざわざ傭兵浪人たちに混ざってまで調べ続ける必要などあるだろうか?
タマが先ほどまで居た場所に戻ったところで、のこのこと権之助がこちらに向かってふらふらと小走りに駆けてくるのが目に入った。
その様子はいつもと変わらず、どうにも胡散臭さしかそこにはなかった。
「お、なんだよ、さすが大将、いい動きしてんじゃん」
軽口をたたく権之助に、打ち合っていたクロは木刀をおろして、
「なんなら、お前もこの俺と直接打ち合いの訓練でもするか?」
「ひぃ! それだけはご勘弁を!」
手を合わせて、拝むように首を横に振る権之助。
――その動きすらどこか白々しく思うタマをよそに、クロは、
「いいや、これもひとつの訓練だ。いざ、相手をしろ! 木刀を持て!」
「そ、そんなぁ~!」
権之助は、心底うんざりしたように叫んだのだった。




