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世界最強の剣士がTSして隠居する話  作者: かませ犬


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4/5

英雄の死

 分かりやすい変化は二つ。俺の言葉を飲み込むように深い深いため息をつき、数秒経った後に意味を咀嚼したのか先程よりも鋭い眼差しで俺を射抜く。


 こめかみには青筋が立ち怒りや興奮を覚えているようだが、感情を押さえつけるように歯を噛み締めている。


 組織のトップともなると感情のコントロールは必須だが、もう少し隠した方がいいんじゃないか? 俺が相手だからってのもあるか。


「そう興奮するなよ、ダンカン。話はそう難しくないだろ」


「ふざけんな!!てめぇ、自分の立場が分かって口にしてんのか!!」


「分かってるから口にしてんだよ。お前なら分かるだろ、ダンカン」


「⋯⋯順を追って説明しろ」


 ここまで来る道中でも感じた事ではあるが、女になるってだけで面倒な事に巻き込まれる。一部の人間を除いて、女性の地位が低いってのが原因だな。一言で言えば女を下に見ている。


 王都の連中は特にそういう奴が多い。気性の荒い冒険者なら尚の事だ。国が法の整備で厳罰化したり、取り締まりを強くしているようだが噂として聞くだけでも多くの女性が被害にあってる。


 奴隷商なんてものが一番分かりやすいな。ターゲットは若い女性で、無理矢理攫ってオークションにかけて高値で売買している。貴族が関与しているのもあって国は積極的に動けずにいる。


 一度、俺が懇意にしていた貴族のおっさんの娘が奴隷商に攫われた。王都に来た際に一文無しだった俺を助けてくれた恩義があったので、奴隷商ごと潰して助けるなんて事もあった。


 その後、貴族のおっさんに娘と結婚しろなんて言われた時はめっちゃ焦ったのを覚えている。まぁ、それも昔の話だ。娘さんもガキ過ぎて興味すら湧かなかったしな。


 話は逸れたが、かつての俺と違って今の俺は面倒事に巻き込まれやすい。冒険者として活動を続けるのも、国や貴族に仕えるのもそういった女性ならではの騒動に発展しやすい。


 一番簡単な対処法は冒険者を辞めて、王都から離れることだ。田舎の方は人が少ないのもあって性別を問わずに助け合って生活している。女を下に見る奴は少なからずいるだろうが、王都よりは遥かにマシな筈だ。


 そんな訳で、冒険者を引退した後は辺境の田舎でひっそりと隠居生活を送る気でいる。その旨をしっかりとダンカンに伝える。


「つまり、アレか⋯⋯てめぇが自信満々に制覇するって言ってたダンジョンの罠に、マヌケなお前がかかって女になった。だから引退して、辺境の村に隠居するって?ふざけてんのか?」


「ふざけちゃいねーよ。女になった事で分かりやすく弱くなってんだよ。英雄の俺は死んだんだ」


「それほどにか」


 ダンカンが目を見開いて驚きを顕にしている。こいつは性別が変わったことを楽観視していたな。女になっても俺の強さは変わってないだろうって。だから冒険者を辞めるなんて許さないって。


 そもそも女になるって事例がまずは少ない。物語に出てくるくらいだから、何件かは確認されている筈だ。ただ、俺に起きた変化を考えると女になった後、ダンジョンから無事に帰還できたとは考えにくい。


 性別が変わる事による痛みと疲労、それに加えて急激な筋力の低下。俺のように転移石を持っていなければダンジョンのモンスターに殺されて終わりだ。


 物語に出てくる騎士は元々華奢な体型で、力より速さを重視していた。それに女体化しても護ってくれる仲間がいた。生憎と俺はソロでの活動が多くて、一緒にダンジョンを潜ってくれる仲間はいない。


 かつての俺にとって、仲間なんて存在は足手まといでしかなかったからな。剣を教えてくれって弟子入りしてきたバカもいたが、結局俺について来れず離れていった。


「今の俺は愛剣を持つ事も叶わない。武器も振るえない冒険者に冒険はできない」


「愛剣って言ったらバルムンクのことか。あれはてめえ用にオーダメイドされた一級品の品だ。無駄にデケェし、素材に邪龍の骨やら爪を使ってるせいか大の男が10人がかりでも持っても持ち上がらないくらいの重量だ」


「武器を変えろって言いたいんだろ。それは俺も考えたさ」


 弟子の指導用に買っていたロングソードは女になった俺でも持つことはできたし、剣の重さに振り回されることなく振るうことができた。だが、それだけだ。


「かつての俺は、そのクソみてぇに重たい剣を軽々と振り回していた。剣の切れ味とその重量でモンスターを薙ぎ払ってきた」


「そうだな⋯⋯お前の戦い方は誰が見ても豪快で、爽快で、誰もが夢見た英雄の戦い方だ」


「だが、今の俺は愛剣を持つ事すらできない非力な女だ。かつての戦い方はできない。武器を変えれば戦えるだろうが、それはもうかつての英雄の俺じゃない。俺は弱くなったんだよ」


 戦いの経験はある。愛剣を振るえなくてもそれなりに戦えるだろう。けど、それはかつての俺じゃない。英雄の俺じゃない。


 ダンジョンに潜ってモンスターと戦い、戦えば戦うほどその現実に苦しむことになる。弱くなった自分を直視することになる。


 そんな想いをするくらいなら冒険者を辞めた方がいい。英雄としての俺に惨めな想いをさせずに済む。


「そうか⋯⋯てめぇが断言するくらいだ。俺が思っている以上に弱くなってるんだな」


「力は見た目相応だ。町娘や貴族の令嬢よりは筋肉はあるが、男には勝てねーよ。単純な筋力での戦いになったら駆け出しの冒険者にすら負ける可能性がある」


「引退するしか、ないわけだな」


「そうなるな。幸いな事に金は有り余るほどにある。冒険者を引退しても生活には苦労しない。辺境の村にでもいってのんびり隠居生活でも決め込むさ」


 ダンカンが悲しそうな目をしている。なんだかんだ長い付き合いだ。他の誰よりも俺の活躍を楽しみにしていた、俺のファンの一人でもあった。


 英雄の物語の終幕に、俺以上に寂しい思いを抱いているのかも知れないな。


「俺もてめぇを止めるような真似はしない。ただ、引退するって公表すれば、国の有力者はお前を囲い込もうと動くぞ。性別が変わってもお前が英雄であることには変わりはない」


「英雄を臣下にしたって肩書きが欲しいだけだろ? そうなりゃ俺も飼い殺しと一緒だ」


 そんな惨めな生活はごめんだ。


 ダンカンが言うように引退を公表すれば、あらゆる人間が動く事は分かっている。公表しなくとも、俺ほどの人間が表舞台に出てこないとなると大きな騒ぎになる。ギルドに迷惑をかけることになる。


 その為の対処法はちゃんと考えてきたさ。


「言ったろ、英雄は死んだって。最強の剣士ロゼ・アレクサンドロスは、ダンジョンの探索中に死んだ。そう公表しろダンカン」


 俺は確かに生きているが、英雄としての俺は死んだ。


 ダンジョンで死んだんだ。







 籠の中の小鳥が楽しそうに鳴いている。


 かつてのわたくしを見ているようで、この愛らしい小鳥をわたくしは好きになれなかった。けど、今は違う。


 わたくしを籠の中から連れ出してくれた、愛しい御方がいらっしゃったから。


「ほら、自由にしていいわよ」


 鳥籠を開けて上げると中にいた小鳥が小さな翼を羽ばたかせながら、わたくしの肩へ止まった。籠の外へ出れば自由だと言うのに、わたくしの傍がいいのかしら。


「ご機嫌ですね、お嬢様」


「そうかしら?」


「はい。先程からずっと頬が緩みっぱなしでございます。余程嬉しいことがあったのかと」


 わたくしの傍で控えていたメイドのメアリーの言葉に扇で顔を隠す。わたくし、そんなに嬉しそうにしていたかしら?恥ずかしいわ。


「ねぇ、メアリー。わたくしは『静銀の騎士』という物語が大好きなの」


 幼い頃に出会った男女が将来を誓い合い、大きくなったら結婚する約束をした。けれど、女の子は国のお姫様、男の子は商家の息子。身分の違いで許されない恋だった。


「主人公の騎士が、幼い頃の約束を守る為にダンジョンを制覇し、英雄の一人として姫君を迎えに行く⋯⋯そんなお話でしたわね」 


「ええ、そうよ。わたくしの価値なんて家と家を繋ぐくらいしかないもの。物語の女の子と同じ。屋敷という名の牢獄に飼われる⋯⋯小鳥のようなものよ」


 肩に止まる小鳥に指を近付けると頭をわたくしに擦り寄せてきた。可愛らしい。


「そんなお嬢様をあの御方は救ってくれた⋯⋯」


 メアリーの言葉に一人の男性が脳裏に浮かぶ。


 ───ロゼ・アレクサンドロス。


 世界最強の剣士。剣聖。ダンジョン制覇者。英雄。女好き。暴君。金の亡者。


 あの御方をさす言葉を幾つもあれど、名声悪名その全てがあの御方の生き方を示している。


 物語の騎士のように清廉潔白のお人ではない。


 わたくしを救ったのも物語のように愛の為じゃない。


 それでもわたくしはあの日、あの御方が手を差し伸べてくれた光景を一生忘れない。


「ねぇ、メアリー。わたくしね⋯⋯結婚するの」


「はい? そのような事は旦那さまからお聞きしておりませんが」


「だってお父様にもまだ言ってないもの」


「え?」


 メアリーが面白い顔をしている。長い付き合いだけど、こんな顔を見るのは初めてね。


「この間、ロゼ様にお会いしたのは知っているわね」


「はい、存じ上げております」


「その時、ロゼ様に言われたの『三つ目のダンジョンを制覇したら会いにいく』って。」


「あの、それがどのようにお嬢様の結婚に繋がるのでしょうか?」


 あら、メアリーにしては珍しく察しが悪いわね。机の上に置かれた本、『静銀の騎士』を扇で指すと、メアリーが考え込むように口元に手を添えている。


「ロゼ様もこの本を愛読されているわ。そしてわたくしがこの物語が好きな事を知っている」


「あの、お嬢様⋯⋯」


「物語の騎士がお姫様との約束を果たすために決死の覚悟でダンジョンへと挑む。その前日の夜にお姫様の部屋へ忍び込んだ騎士が、プロポーズとして言い放ったお言葉」


 ロゼ様は物語の騎士と違って既に偉業を成し遂げ、英雄として扱われておられる。お父様もロゼ様なら、結婚相手に申し分ないと考えていらっしゃるわ。


 わざわざダンジョンの制覇なんて必要ないのに、わたくしを喜ばせる為に『ダンジョンを制覇したら会いに行く』と、物語と同じセリフをわたくしに言ってくださった。


「あら、どうしたのメアリー」


「いえ、大変申しにくいことでは、⋯⋯あるのですがロゼ様は⋯⋯」


 メアリーが言い淀みながらも言葉を紡いでいると、ドタドタドタドタとけたたましい音と共に使用人が部屋へと入ってきた。


「大変でございます、お嬢様!」


 部屋に入ると共に使用人が青白い顔でわたくしに叫ぶ。

















「ロゼ・アレクサンドロスさまが、ダンジョン探索中にお亡くなりなったと!」


 ───え?

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