ギルド
湯浴みを終えて臭い匂いからおさらばした俺は女物の衣服に身を包んで、水分補給を行っていた。
たまに俺の家に泊まりに来る女の子の着替えとして置いていた衣服がこんな形で役に立つ時がくるとはな。サイズが少し小さいが、まぁ問題はないな。
「さて、まずはギルドに話を通すのが先か」
俺の中では既に冒険者を引退する事は確定事項だ。
とはいえ、並の冒険者と違って『引退しまーす』『おっけー』なんて簡単に終わる話ではない。
俺は女体化して弱体化したとはいえこの世界で唯一、二つのダンジョンを制覇した英雄だ。世界最強の剣士という異名は既に世界全土へと広がっている。
それこそ数えきれないくらい国や貴族に仕えないかと勧誘を受けているが、冒険者を理由に勧誘を断り続けてきた。
そんな俺が引退ともなると、世界中の有力者が俺を囲い込もうと動くことだろう。人気者はつらいな。
仮に国や貴族に仕えれば権力争いやら領土争いに巻き込まれるのは確定事項だ。かつての俺ならそれくらい屁でもないが、今の俺は女体化して弱体化している。
それに、幼い頃から剣を振り続け、戦いに身を置いてきた反動か⋯⋯冒険者を辞めたらゆっくり隠居したいという気持ちが強い。
俺と同じようにダンジョンを制覇した魔法使いエクレリも同じような理由で隠居していたな。あいつの場合は魔法の真理に到達したとか、そんな理由だったか。
今ならエクレリの気持ちも分かる気がするな。エクレリは魔法の真理の為に、俺は頂きを手にする為に、がむしゃらにダンジョンを潜り続けた。
後少し、本当に後少しで御伽噺すら超える英雄になれるところだった。俺の手の中に収まる筈だった。思わぬ障害で取りこぼした頂きは、されとて今になって思えばちっぽけなものの見えた。
頂きに立って⋯⋯御伽噺の英雄を超えて、その先は?俺はまるで考えてこなかった。女になったことでようやくその事に気付けた。
魔法の真理に到達したエクレリも俺と同じようにその先が見えなくなった。だから冒険者を引退したはずだ。また、会って話がしたくなったな。ムカつく女ではあるが、同じ道をいく先輩だ。参考になるかもしれない。
「そういや、エクレリは弟子をとったと言っていたな」
1年か2年前か忘れたが、たまたま王都で会った時にそんな話を聞いた。弟子を育てている。いずれは私を超える魔法使いにになる、なんて自慢げに話していたな。
「俺も同じように弟子を取るのも面白いかもしれない」
女になったせいで以前のようにダンジョンには潜れない。だが、冒険者として、英雄として培った経験は全てこの身体に残っている。弟子をとって育て上げるくらいはできるだろう。
「ふふふ、エクレリの弟子と競い合わせるのも面白いかもしれない」
どちらの弟子が先に英雄へと至るか、どちらの方が師として優れているか。競い合わせるのも楽しいかもしれない。
思わぬ見解だな。
冒険者としてダンジョンに潜っていた時よりも、隠居を決めた今の方が未来を見据えている。先を見て楽しみを見出そうとしている。
「悪くない⋯⋯」
自然と口角は上がっていた。
お昼を少し過ぎた頃、俺は王都の商業地区に建てられた巨大な建物の前まで訪れていた。入口の上に掲げられた看板には『ギルド』と書かれている。
扉が外れて開放感に満ち溢れた入り口からは、冒険者たちが発する喧騒の音が耳に入る。こんな真昼間からお酒を飲んだバカが、どうやら騒いでいるらしいな。
まぁ、名前も知らないような冒険者が騒いでいようがいまいが俺には関係ない。入口をから建物の中へと入り、ギルドの受付へと向かう。入ったと同時に複数の視線が俺に向けられた。
顔や胸、尻⋯⋯隠すこともない視線の雨に視姦でもされているような気分になる。冒険者になる女は少ないからな。物珍しさと下心から、注目を集めたようだ。
視線は鬱陶しいがまずは俺の用事を済ませるとしよう。
「すみません、ギルド長のダンカンとお話がしたいのですがお会いできますでしょうか?」
「ギルド長とですか?」
男の時なら顔パスでそれこそ話も聞かずにギルド長の部屋に乗り込めたが、今の俺はギルドの職員も知らない見知らぬ女だ。勝手に踏み込めば騒ぎになる。正式な手順の上で会う必要があるわけだ。
相手に与える印象や自分の外見を考慮して、できるだけ物腰柔らかく話しかける。その甲斐あってか俺の対応をする受付は、鼻の下を伸ばしつつ丁寧な応対をしている。
「面会のお約束はされていますでしょうか?」
「いえ、しておりません」
「承知しました。ギルド長に確認はいたしますが、お会いできるとはお約束できません。ギルド長はお忙しい御方なので」
このやり取りは想定通りだ。急に見知らぬ女がギルド長に会いたいと言ってはい、どうぞとはいかない。この受付の職員がギルド長の元に行って事情を説明しても、あの男なら突き返して終わりだ。
「分かりました。その前にもし、良ければこちらをギルド長にお渡しください」
懐から取り出した一枚のカードを職員に手渡す。ギルドで最初に登録した際に渡される冒険者の登録証。職員は手渡されたカードに記載された俺の名前を見て険しい表情で俺を見た。
ギルドが誇る世界最強の剣士、ロゼ・アレクサンドロスの登録証を見知らぬ女が持っていたら当然警戒するだろうな。だが、良く考えろ。登録証を盗んだところで何になる。
他の冒険者ならともかく、俺のような有名人のカードを盗めば直ぐに足がつく。ギルドの受付で提示するなんてバカでもやらない。その時点で盗んだものじゃないと分かるはずだ。
「こちらのカードは?」
「剣聖ロゼ・アレクサンドロスさまのものでございます。ギルド長に言伝を預かっております。そのカードを渡せば通してくれるだろうと」
「承知しました。ギルド長に確認にいたしますので、少々お待ちください」
血相を変えて職員が走っていく。
忙しいあいつでも登録証と俺からの言伝だと言えば、仕事を置いてでも会おうとするだろう。過去に同じことをして大騒ぎになったからな。あの時は駆け出しの冒険者を護る為に殿を務めて、ダンジョンに閉じ込められた。
最終的には自力で脱出できたが万が一に備えて応援を派遣するように助けた冒険者に伝えたら、王都にいる冒険者全員をかき集めて俺の救出に向かおうとしていた。しれっと帰ってきた俺を見てブチ切れていたな。
そんな昔のことを思い返していると、先程の職員が息を切らしながら帰ってきた。急いでいるとはいえ、距離はそう遠くない筈だ。これくらいで息切れするという事は元冒険者の方ではないな。
ギルドの職員は冒険者を引退した者が新たな職種として就職するケースが多い。荒くれ者の多い冒険者を、力付くで止めるのは素人では無理だからな。
「はぁはぁ⋯⋯ギルド長に確認した、ところ⋯⋯お通しするように、と命じられました」
「ありがとうございます」
「ご案内いたしますので後を付いてきてください」
わざわざ案内しなくとも場所は分かっているが、男としての俺ならともかく見知らぬ女がギルド長の部屋を知っているのは怪しいな。面倒ではあるが、従うとしよう。
息を整えながらゆっくりとしたペースで前を歩く職員の後を続く。しばらく歩いていると、一つ部屋の前で立ち止まった。
「ギルド長はこちらでお待ちです」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると、職員も一礼した後早足でこの場から離れていく。見知った仲ではあるが、礼儀として扉を3回ノックする。聞き覚えのあるダミ声で入室の許可が降りたので室内へと入る。
そこにいたのは小柄なおっさんだ。白髪の混じった茶髪の髪。威厳の為に伸ばしている長ーい茶色の髭。顔の右半分をモンスターに爪で抉られ、痛々しい傷跡が残っている。右目はもう機能していなかった筈だ。残された左目で入室してきた俺を睨んでいた。
「それで、お前がロゼから言伝を預かった女か。あのバカはお前になんて言っていた」
「知るかよ。言伝なんて預かってねぇーんだからな」
「あぁん!?」
額に青筋を浮かべて怒りを顕にするギルド長───ダンカンの視線を無視して、部屋に置かれた高級そうな椅子に座って足を組む。
「ダンカン⋯⋯てめぇの前にいるこの俺が、てめぇが言ってたバカ⋯⋯ロゼ・アレクサンドロスだ。お前なら俺だって分かるだろ」
あえて、旧知の友であるダンカンに不遜な振る舞いをする。
俺がギルドに初めてきた時に対応してくれたのが若かりし時のダンカンだ。あれから数十年、縁が切れることもなく付き合いを続けてきた。
ダンカンなら俺が女になったとしてと、不遜な振る舞いで俺だって分かる筈だ。ギルドのお偉いさんであるお前を前にしてこんな事をするのは俺くらいだからな。
ダンカンに向けてニヤッと笑えば、眉間にシワを寄せて額を抑えている。しばらく見ないうちにまた前髪が後退しているな。数年もすれば前髪がなくなるんじゃないか?
「どうして、お前はこうも面倒ごとばかりを持ち込むんだ。まぁいい⋯⋯もちろん説明してくれるんだろうな、ロゼ」
「当然だ。そこら辺はきっちり話すさ。その前に要件だけ先に伝えておく」
ダンカンがあからさまに嫌そうな顔をした。性別を変えて現れた俺が持ってくる要件などろくでもないと考えているんだろうな。よく分かったな、正解だ。
「俺、冒険者辞めて隠居するわ」




