第八話 「深夜」
女子寮が静まり返っていた。
時計の針は、午前一時を回っている。
五条真昼は静かに部屋の扉を開けた。
薄暗い廊下。
物音はない。
真昼は周囲を確認し、小さく息を吐く。
「……今なら問題ありませんわね」
「いやめちゃくちゃ怪しいからねその喋り方」
後ろから小声。
柊乃亜だった。
「本当に行くの?」
「風呂に入らない訳にはいきませんわ」
「まあそうだけど……」
乃亜は不安そうに辺りを見る。
「絶対誰かいるってぇ……」
真昼は気配を探る。
誰もいない。
少なくとも今は。
「問題ありません」
「その自信どっから来るの……」
二人は静かに大浴場へ向かう。
途中。
いくつかの部屋から笑い声が聞こえた。
恋愛の話。
アイドルの話。
くだらない雑談。
真昼には理解できない話ばかりだった。
だが。
不思議と嫌ではない。
「……本当に、女子という生き物はよく喋りますのね」
「真昼が静かすぎるだけ」
「必要なこと以外話す意味が分かりませんわ」
「うわ出た合理主義」
そんな会話をしながら、大浴場前へ辿り着く。
真昼は静かに扉へ手をかけた。
その瞬間。
ガラッ。
中から誰かが出てきた。
「っ――」
真昼の目が細まる。
反射的に殺気が漏れかけた。
だが。
「あれ?」
出てきた少女はきょとんとしていた。
短い黒髪。
眠そうな目。
小柄。
古賀茜だった。
数秒、沈黙。
乃亜が固まる。
真昼も止まっていた。
茜は真昼を見る。
じーっと。
それから。
「……月夜様」
ぺこりと頭を下げた。
「こんばんは」
「……こんばんは」
真昼も静かに返す。
助かった。
気付かれていない。
そう思った直後。
茜の視線が、真昼の首元へ向く。
正確には。
鎖骨。
そこにうっすら残る、古い刀傷。
普通の女子には有り得ない傷痕だった。
茜は少しだけ目を細める。
「……綺麗な傷ですね」
乃亜が変な声を出しかけた。
真昼は無表情のまま茜を見る。
だが茜はそれ以上聞いてこない。
ただ静かに真昼を見ていた。
「古賀さんは、こんな時間まで起きているのですね」
「……眠れなくて」
「そうですか」
会話が終わる。
だが茜は立ち去らない。
ぼーっと真昼を見ていた。
やがて。
「月夜様」
「何でしょう」
「なんだか、寂しそうです」
空気が止まった。
真昼の瞳が僅かに揺れる。
乃亜も驚いた顔をした。
だが茜は、当たり前のように続ける。
「今にも消えそう」
真昼はしばらく黙っていた。
そんなことを言われたのは初めてだった。
恐れられたことはある。
畏怖されたこともある。
化け物と呼ばれたことも。
だが。
“寂しそう”。
そんな言葉は知らない。
「……理解できませんわ」
真昼は静かに答える。
茜は小さく頷いた。
「うん」
「でも、多分そのままでいいと思います」
そう言って、ふわりと笑う。
そして。
「おやすみなさい」
静かに去っていった。
廊下に沈黙が残る。
乃亜がぽつりと呟いた。
「……茜ちゃん、たまに核心刺すんだよねぇ」
真昼は何も答えなかった。
ただ。
胸の奥に、小さな違和感だけが残っていた。




