第七十四話 「春、そして――」
春の日差しが街を優しく照らしていた。
五条会本部。
若頭執務室。
机の上には積み上げられた書類。
真昼は一枚一枚丁寧に目を通していく。
「若頭。」
組員が部屋へ入ってきた。
「本日の予定です。」
「ありがとうございます。」
真昼は予定表を受け取る。
学院を卒業してから数か月。
若頭としての仕事にも慣れ始めていた。
誰に対しても驕ることなく、冷静に判断を下す。
その姿は組員たちからも深く信頼されていた。
「若頭がいてくださると安心です。」
そんな言葉を掛けられても。
真昼は静かに首を振るだけだった。
「まだ未熟です。」
その謙虚さは、昔から何も変わらない。
⸻
夕方。
真昼は仕事を終え、佐倉家を訪れていた。
庭では紫雲がお茶の準備をしている。
「いらっしゃいませ、真昼さん。」
「お邪魔します。」
二人は縁側へ腰を下ろした。
穏やかな風が吹く。
「学院を卒業してから、毎日お忙しそうですね。」
「はい。」
「お身体は大丈夫ですか?」
「問題ありません。」
相変わらず短いやり取りだった。
それでも。
沈黙は苦ではない。
紫雲はそんな時間が好きだった。
「真昼さん。」
「はい。」
「これからも……よろしくお願いします。」
真昼は紫雲を見つめる。
そして静かに頷いた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
紫雲は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て。
真昼もほんの少しだけ口元を緩める。
⸻
夜。
五条会本部。
会長室。
真人は窓の外を眺めていた。
「終わったな。」
誰に言うでもなく呟く。
天女学院での日々。
漢江会との抗争。
紫雲との婚約。
様々な出来事があった。
だが。
真昼はそれらを乗り越えた。
若頭として。
一人の男として。
大きく成長した。
真人は静かに笑みを浮かべる。
「これからは、お前自身の道を歩め。」
その言葉が届くことはない。
それでも。
父としての本音だった。
窓の外には満月。
その月明かりは。
まるで真昼たちの未来を優しく照らしているようだった。
――第一部・最終話へ続く。




