第六十話 「変わらない日々」
婚約の話を聞いてから数日。
真昼の日常は変わらなかった。
朝起きる。
授業を受ける。
寮へ帰る。
当たり前の日々。
だが。
ほんの少しだけ。
考える時間が増えていた。
昼休み。
教室。
「真昼ー!」
乃亜がやって来る。
いつものことだった。
「何ですか」
「購買行こう!」
「嫌です」
「即答!?」
教室に笑い声が広がる。
乃亜は頬を膨らませた。
「付き合ってよー」
「一人で行けますよね」
「行けるけど!」
真昼は本を閉じる。
少し考える。
そして立ち上がった。
「五分だけですよ」
「やった!」
乃亜が笑う。
こういうところに弱い。
真昼自身は気付いていないが。
二人は教室を出た。
廊下を歩く。
その途中。
向こうから紫雲が歩いてきた。
「あ」
「こんにちは」
紫雲が微笑む。
乃亜も手を振った。
「こんにちはー」
三人で少し話す。
本当に他愛もない会話だった。
授業。
先生の愚痴。
球技大会。
そんな話。
だが。
真昼は気付いていた。
紫雲が以前より少し無理に笑っていることに。
婚約の件だろうか。
聞くべきか。
聞かないべきか。
答えは出ない。
放課後。
真昼は一人で中庭を歩いていた。
夕暮れ。
風が心地良い。
その時だった。
「月夜さん」
後ろから声が掛かる。
振り返る。
紫雲だった。
「どうしました」
「少しだけお話しませんか?」
「構いません」
二人はベンチへ座った。
しばらく沈黙。
そして。
紫雲が口を開く。
「月夜さんは」
そこで一度言葉を切る。
「将来、好きな人と結婚したいと思いますか?」
真昼は少し考えた。
好きな人。
結婚。
考えたことがない。
「分かりません」
正直に答えた。
紫雲は苦笑する。
「月夜さんらしいですね」
「そうでしょうか」
「はい」
風が吹く。
長い沈黙。
そして紫雲は立ち上がった。
「ありがとうございました」
「いえ」
それだけ言って去っていく。
真昼はその背中を見送った。
何か言うべきだった気がする。
だが。
何を言えば良かったのか分からない。
夕日が沈んでいく。
その頃。
学院から離れた高層ビル。
最上階。
男が窓の外を眺めていた。
桐生院一輝。
その手には写真がある。
写っているのは。
佐倉紫雲。
そして。
真昼。
「面白い」
一輝は笑う。
狂気を孕んだ笑みだった。
机の上には数枚の資料。
護衛。
通学経路。
行動記録。
全て調べ上げられている。
「もう少しだ」
誰に聞かせるでもない独り言。
静かな部屋に響く。
学院では誰も知らない。
平穏な日々の裏で。
確実に何かが動き始めていることを。




