第六話 「分からない感情」
「付き合ってません」
即答だった。
五条真昼は真顔のまま答える。
だが、柊乃亜は疑いの目を向けていた。
「いや絶対空気違ったって!」
「そうでしょうか?」
隣で佐倉紫雲が首を傾げる。
乃亜は頭を抱えた。
「うわぁ……天然二人だ……」
意味が分からない。
真昼は静かにスケッチブックを閉じる。
「帰るのではなかったのですか?」
「あ、そうだった」
乃亜は真昼の腕を掴む。
「ほら帰るよ月夜様」
「引っ張るな」
「お嬢様言葉!」
「……引っ張らないでくださいませ」
紫雲が吹き出した。
「ふふっ」
真昼は少しだけ眉を寄せる。
最近、この少女によく笑われる。
理解不能だった。
学院を出る頃には、空は茜色に染まっていた。
寮への帰り道。
乃亜は隣を歩く真昼をじっと見ていた。
「ねぇ真昼」
「何だ」
「……素が出てる」
真昼は一瞬黙る。
しまった、と思った頃には遅かった。
乃亜はニヤニヤしていた。
「紫雲ちゃんの前だと気抜けるんだ?」
「別にそういう訳では――」
「へぇ〜?」
真昼は黙る。
その反応だけで十分だった。
乃亜はケラケラ笑う。
「珍しいねぇ。真昼があんな自然に話してるの」
「……そうか?」
「うん」
乃亜は少しだけ優しい顔になった。
「なんか安心した」
真昼は理解できないという顔をする。
「何故だ」
「だってさ」
乃亜は夕焼け空を見上げる。
「真昼って昔からずーっと一人だったじゃん」
風が吹いた。
真昼は静かに前を見る。
一人。
その言葉に違和感はない。
それが当たり前だった。
極道の世界では、誰も隣に立てなかった。
恐れられ。
避けられ。
畏怖される。
それが五条真昼だった。
だから。
今日みたいに、誰かと並んで絵を描く時間なんて知らない。
「……友達というものは、よく分からん」
真昼はぽつりと呟く。
乃亜は笑った。
「恋愛も分からなさそう」
「レンアイ?」
「うわほんとに分かってない顔だ」
乃亜は面白そうに真昼を見る。
「好きな人とかいないの?」
真昼は少し考える。
だが。
「分からん」
答えはそれだけだった。
人を好きになる。
その感情が、理解できない。
すると乃亜が悪戯っぽく笑った。
「じゃあさ」
「何だ」
「紫雲ちゃん取られたら嫌?」
その瞬間。
真昼の足が止まった。
乃亜は見逃さなかった。
ほんの僅か。
真昼の眉が動いた。
「……何故、そんな話になる」
「いや、嫌なんだ?」
「別にそういう訳ではない」
「でも止まった」
真昼は黙る。
乃亜はニヤニヤしていた。
「へぇ〜」
「うるさい」
「え、今の素?」
「…………」
真昼はそのまま歩き出した。
だが胸の奥に、小さな違和感が残っていた。
“紫雲を取られる”。
何故。
その言葉に、少しだけ苛立ったのか。
真昼には分からなかった。




