第五十五話 「絵の時間」
休日の翌日。
放課後。
真昼は美術室にいた。
窓から差し込む夕日。
静かな教室。
聞こえるのは鉛筆が紙を走る音だけだった。
真昼はキャンバスへ向かう。
集中していた。
周囲の音が聞こえなくなるほどに。
「……」
そこへ。
そっと扉が開く。
入ってきたのは古賀茜だった。
「あ」
真昼が顔を上げる。
「こんにちは」
「こんにちは」
茜は小さく頭を下げる。
そして真昼の隣へ来た。
「描いてたんですね」
「ええ」
茜はキャンバスを見る。
相変わらず上手い。
というより。
もはや上手いという言葉では足りない気がした。
「綺麗ですね」
「ありがとうございます」
真昼は少しだけ微笑む。
茜も席へ座った。
画材を取り出す。
そして描き始める。
静かな時間だった。
二人とも無理に話さない。
それでも気まずくない。
しばらくして。
「そういえば」
真昼が口を開く。
「最近どうですか」
「私ですか?」
「はい」
茜は少し考えた。
そして。
「楽しいです」
そう答えた。
真昼は少し目を丸くする。
「そうですか」
「はい」
茜は絵を見つめながら続ける。
「前までは描いてませんでしたから」
「……」
「真昼先輩が見せてくれたので」
真昼は何も言わなかった。
ただ。
少しだけ嬉しそうだった。
茜はそれを見逃さない。
本当に少しだけ。
ほんの少しだけ。
表情が柔らかくなった。
その時。
勢いよく扉が開いた。
「いたー!」
元気な声。
乃亜だった。
「やっぱここだった!」
「乃亜」
真昼が振り返る。
「探したんだからね?」
「何か用ですか」
「別にー」
乃亜は笑う。
そして真昼の絵を見る。
「おー」
思わず声が漏れた。
「相変わらずすごいね」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
真昼は昔からこうだ。
自分の凄さに無自覚。
乃亜は苦笑した。
そして空いている席へ座る。
「何描いてるの?」
「風景です」
「へぇ」
正直よく分からない。
だが綺麗だった。
それだけは分かる。
「乃亜先輩」
茜が呼ぶ。
「ん?」
「静かにしてください」
「えぇ!?」
茜は真顔だった。
真昼は少しだけ肩を震わせる。
笑っているらしい。
「真昼まで笑ってる!?」
「笑っていません」
「絶対嘘!」
美術室に笑い声が響く。
穏やかな時間だった。
誰も知らない。
この平穏がいつまで続くのかを。
少なくとも今は。
真昼も。
乃亜も。
茜も。
ただ学院での日常を過ごしていた。




