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第四十五話 「守りたいもの」

「一緒に帰りますわよ」


真昼の言葉に。


紫雲は少しだけ目を丸くした。


「……はい」


小さく頷く。


二人は並んで歩き始めた。


夕暮れ。


校舎の窓が赤く染まっている。


普段なら紫雲から何か話題を出す。


だが今日は違った。


言葉が続かない。


沈黙だけが続いていた。


「紫雲」


真昼が不意に口を開く。


「はい?」


「婚約は嫌なのですか」


真っ直ぐだった。


回りくどさがない。


だからこそ。


紫雲は少し困ったように笑う。


「嫌です」


即答だった。


「ですが」


続く言葉は重い。


「家がありますから」


「父も母もいます」


「私一人のわがままで迷惑は掛けられません」


真昼は黙って聞いていた。


「だから」


「仕方ないんです」


そう言った紫雲の横顔は。


どこか諦めているように見えた。


真昼はそれが気に入らなかった。


理由は分からない。


ただ。


胸の奥が少しだけざわついた。


「仕方なくありませんわ」


紫雲が足を止める。


真昼も止まった。


「真昼さん?」


「嫌なら嫌と言えば良いでしょう」


当たり前のように言う。


紫雲は苦笑する。


「そんな簡単な話じゃありません」


「そうですの?」


「そうなんです」


真昼は少し考える。


自分ならどうするか。


嫌な相手。


望まぬ婚約。


答えは簡単だった。


斬る。


終わり。


だから理解出来ない。


だが。


理解出来ないからといって放っておく気にもなれなかった。


「難しいですわね」


真昼が呟く。


紫雲は思わず笑った。


「何ですかそれ」


「分かりません」


真昼は真顔だった。


「私はそういうものがよく分かりませんので」


紫雲の笑みが少し柔らかくなる。


「知っています」


「そうですか」


「はい」


少しだけ。


空気が軽くなった。


駅へ向かう途中。


商店街を通る。


すると。


一つの店の前で紫雲が立ち止まった。


ショーケース。


その中には小さな銀色の栞。


以前見ていた物だった。


真昼は覚えていた。


紫雲は気付いていない。


「綺麗ですね」


紫雲が呟く。


「そうですわね」


真昼も見る。


そして。


値段も確認する。


それだけだった。


「では」


駅前。


別れの時間。


「今日はありがとうございました」


紫雲が頭を下げる。


「気にしなくて結構ですわ」


真昼は答える。


だが。


紫雲が改札へ向かおうとした時。


真昼が呼び止めた。


「紫雲」


「はい?」


真昼は少しだけ考える。


そして。


「貴方は」


言葉を探す。


珍しく。


本当に珍しく。


迷っていた。


「無理に笑う必要はありませんわ」


紫雲が固まる。


真昼は続ける。


「嫌な時くらい」


「嫌だと言えば良いでしょう」


紫雲の目が少し潤む。


だが。


泣かなかった。


代わりに。


小さく笑う。


今度は本物の笑顔だった。


「ありがとうございます」


真昼は頷く。


それだけだった。


紫雲は改札を通る。


何度か振り返りながら。


やがて見えなくなった。


一人残された真昼は。


しばらく改札を見つめていた。


その頃。


漢江会本部。


桐生院一輝はソファに寝転がっていた。


部下が一枚の資料を差し出す。


「坊ちゃん」


「あ?」


「例の件です」


一輝は受け取る。


そこには。


佐倉紫雲。


婚約。


予定日。


家族構成。


様々な情報が記載されていた。


一輝は眺める。


数秒。


そして。


笑った。


「そろそろか」


その目だけは。


全く笑っていなかった。

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