第三十六話 「描いた理由」
放課後。
生徒会室。
気まずい空気が流れていた。
原因は言うまでもない。
数分前。
佐倉紫雲が見つけた一枚の絵。
そこに描かれていたのは自分自身だった。
そして描いたのは。
間違いなく五条真昼。
現在。
二人とも何となく落ち着かない。
真昼は書類を見ている。
紫雲は書類を持っている。
だが。
どちらも集中していなかった。
⸻
やがて。
沈黙に耐えられなくなったのは紫雲だった。
「あの……」
「何でしょう」
真昼が顔を上げる。
紫雲は少し迷う。
だが。
聞かずにはいられなかった。
「何故……私を描いたのですか?」
真昼が固まる。
予想していた質問だった。
だが。
答えは考えていなかった。
「それは……」
紫雲が待つ。
真昼も考える。
そして。
正直に答えた。
「描きやすいからですわ」
紫雲が固まった。
「え?」
「描きやすいのです」
真昼は真面目だった。
「表情が豊かですし」
「光の当たり方も綺麗です」
「構図も作りやすいですし」
紫雲は少し赤くなる。
褒められている気がした。
だが。
真昼にそのつもりは無い。
純粋な感想だった。
「それに」
真昼は続ける。
「見ていて飽きません」
紫雲の顔がさらに赤くなる。
「ま、真昼さん」
「何ですの?」
本人は無自覚だった。
⸻
その時。
ガチャ。
生徒会室の扉が開く。
現れたのは。
乃亜だった。
「お邪魔しま――」
途中で止まる。
空気がおかしい。
そして。
紫雲の赤い顔。
真昼。
妙な沈黙。
乃亜は察した。
「ほう」
嫌な顔だった。
非常に嫌な顔だった。
真昼は警戒する。
「何ですの」
「別に?」
絶対嘘だった。
⸻
数分後。
中庭。
乃亜は茜へ報告していた。
「確信した」
「?」
「真昼、自覚ない」
茜が頷く。
それは知っていた。
「重症」
「うん」
重症だった。
⸻
その頃。
真昼は一人で旧校舎裏へ向かっていた。
スケッチブックを開く。
そして。
昨日描いた絵を見る。
紫雲。
また紫雲。
さらに紫雲。
気付けばかなり増えていた。
真昼は考える。
何故なのか。
だが。
やはり答えは変わらない。
描きやすいから。
それだけだ。
そう結論付ける。
しかし。
その結論を聞いたら。
乃亜達は絶対に笑うだろう。
⸻
学院の外。
黒塗りの車。
後部座席。
桐生院一輝は学院祭の関係者名簿を眺めていた。
真昼の名前を見つける。
口元が歪む。
「展示会ねぇ」
面白そうだった。
非常に。
部下が恐る恐る尋ねる。
「坊ちゃん」
「あ?」
「何をそんなに気に入っているんです?」
一輝は少し考えた。
そして。
笑う。
「分かんねぇ」
本当に分からなかった。
だが。
確かなことが一つだけある。
紫雲との婚約なんてどうでもいい。
学院祭なんてどうでもいい。
ただ。
五条真昼だけは。
どうしても気になる。
それだけだった。




