第二十五話 「五条の家」
放課後。
真昼は学院の門前に立っていた。
迎えの黒塗りの高級車。
周囲の生徒達がざわつく。
「月夜様の家って何者なの……?」
「財閥とか……?」
「絶対お金持ちだよね……」
真実を知る者はいない。
真昼は静かに車へ乗り込んだ。
ドアが閉まる。
途端に空気が変わる。
学院の”月夜真昼”ではなく。
五条会若頭。
五条真昼へ戻る。
数十分後。
車は巨大な屋敷へ到着した。
五条本家。
日本最大級のヤクザ組織。
五条会の本部。
門が開く。
屋敷へ入る。
組員達が頭を下げた。
「若頭」
「お帰りなさいませ」
真昼は軽く頷く。
そして廊下を歩く。
懐かしい。
だが落ち着かない。
学院の方が居心地が良いと思ってしまった自分に少し驚く。
やがて。
襖の前へ辿り着く。
「会長がお待ちです」
真昼は無言で襖を開いた。
部屋の中央。
そこに一人の男が座っている。
五条真人。
五条会会長。
そして真昼の父親。
閉じた右目。
鋭い眼光。
白鞘の刀。
部屋にいるだけで圧がある。
真昼は静かに頭を下げた。
「お呼びでしょうか」
真人は少しだけ真昼を見る。
沈黙。
数秒。
そして。
「学院はどうだ」
真昼が止まる。
予想外だった。
裏の仕事ではない。
学院の話。
「……問題ありません」
「そうか」
会話終了。
気まずい。
真昼も真人も会話が苦手だった。
再び沈黙。
やがて真人が口を開く。
「友人は出来たか」
真昼は少し考える。
乃亜。
紫雲。
赤城。
茜。
騒がしい面々が浮かぶ。
「……出来たと思います」
真人の目が僅かに見開かれた。
そして。
ほんの少しだけ。
口元が緩む。
真昼は気付かなかった。
だが。
息子を知る真人には、それがどれほど大きな変化か分かっていた。
かつての真昼は。
誰にも興味を持たなかった。
誰も必要としなかった。
それが今は違う。
真人は静かに立ち上がる。
そして。
真昼の頭へ手を置いた。
真昼が固まる。
記憶に無い。
父に頭を撫でられたことなど。
「……父上?」
真人は小さく息を吐く。
「あの小さな武神も」
静かな声。
「人になれたんだな」
真昼は意味が分からなかった。
だが。
何故か胸の奥が少し温かい。
真人はすぐに手を離す。
いつもの無表情へ戻った。
「下がれ」
「……はい」
真昼は頭を下げる。
そして部屋を出て行った。
襖が閉まる。
静寂。
真人はしばらく動かなかった。
やがて。
部屋の隅へ置かれた写真立てを見る。
そこに写るのは。
亡き妻。
五条昼花。
真人は小さく笑う。
誰も知らない。
会長の顔ではない。
一人の男の顔だった。
「昼花」
静かな声。
「あいつは友達が出来たらしい」
写真は答えない。
だが真人は続ける。
「お前の言った通りだ」
窓の外を見る。
夜空。
遠い昔。
昼花が言った言葉を思い出す。
――真昼を人にしてあげて。
真人は目を閉じる。
そして小さく呟いた。
「俺には無理だったよ」
その声だけが。
静かな部屋へ溶けていった。




