第二十二話 「知らない感情」
放課後。
夕焼けに染まる美術室。
静かな空間に、鉛筆の音だけが響いていた。
五条真昼は、一人で絵を描いていた。
学院へ来てから。
ここが数少ない“落ち着ける場所”になっていた。
誰にも気を遣わず。
何も考えずに済む。
だから真昼は、無意識にここへ来てしまう。
紙の上に描かれているのは――人だった。
長い黒髪。
柔らかな目元。
おっとりした笑み。
真昼はそこで手を止める。
「……何故、佐倉さんを描いていますの」
自分でも分からなかった。
その時。
ガラッ。
美術室の扉が開く。
「やっぱりここにいた」
入ってきたのは、古賀茜だった。
真昼は少し目を瞬かせる。
「古賀さん」
茜は静かに真昼の隣へ来る。
そして、描きかけの絵を見て止まった。
「……綺麗」
「ありがとうございます」
「この人」
茜は絵を見つめたまま、小さく聞く。
「好きな人?」
真昼の手が止まる。
今日だけで二度目だった。
“好き”。
理解不能な言葉。
「……よく分かりませんわ」
真昼は正直に答える。
茜は真昼を見る。
「でも」
「?」
「好きじゃなかったら、そんな顔で描かない」
「そんな顔?」
茜は少し考える。
そして。
「大事そうな顔」
静かな声だった。
真昼は、自分の描いた絵を見る。
確かに。
今まで描いてきたものと違う。
柔らかい。
触れたら壊れそうなくらい丁寧に描いていた。
真昼は少し黙る。
胸の奥が落ち着かない。
「……理解不能ですわ」
茜は小さく笑った。
「恋ってそういうものだと思う」
その時だった。
コンコン。
美術室の扉がノックされる。
「真昼さん、いますか?」
紫雲の声。
真昼の心臓が、不自然に跳ねた。
茜はそれを見て。
静かに、くすっと笑った。
「分かりやすい」
「何がですの」
だが茜は答えない。
代わりに。
「入っていいよ」
そう声を掛けた。
扉が開く。
佐倉紫雲が入ってくる。
だが。
真昼の描いていた絵を見た瞬間。
紫雲が固まった。
そこに描かれていたのは。
間違いなく、自分だった。




