第十八話 「人か、化け物か」
体育館裏。
誰も動けなかった。
逃げていく不良達の背中を、五条真昼は静かに見つめている。
風が吹く。
その手には、先ほど投げた簪。
まるで何事も無かったように、それを髪へ戻した。
だが。
周囲の空気だけが違った。
女子達が真昼を見る。
驚き。
困惑。
そして少しの恐怖。
当然だった。
普通ではない。
簪でナイフを弾くなど、人間業ではない。
その時。
「真昼さん……」
震える声。
佐倉紫雲だった。
騒ぎを聞いて来たのだろう。
紫雲は真昼を見る。
その瞳には、少しだけ戸惑いがあった。
真昼は小さく目を伏せる。
ああ。
やはり、こうなるか。
昔からそうだった。
力を見せれば、人は離れる。
恐れる。
怪物を見る目になる。
だから真昼は、一歩下がった。
「……申し訳ありませんわ」
静かな声。
「少々、やり過ぎました」
誰も返事をしない。
空気が重い。
その時だった。
「月夜様すごかったです!!」
元気な声。
助けられた一年生だった。
目を輝かせている。
「えっ」
真昼が珍しく固まる。
女子生徒は興奮したまま続けた。
「めちゃくちゃかっこよかったです!」
「映画みたいでした!」
「簪シュッ!って!」
周囲の女子達も、少しずつ空気を戻していく。
「た、確かに……」
「普通に助けてくれたんだよね」
「というか月夜様強すぎない……?」
「忍者みたいだった……」
乃亜が吹き出した。
「だから忍者って何なのほんと」
真昼は理解できない顔をしていた。
怖くないのか。
化け物だと思わないのか。
その時。
紫雲が、ゆっくり真昼へ近づく。
そして。
「ありがとうございます」
優しく微笑んだ。
「助けてくれて」
真昼の目が僅かに揺れる。
怖がっていない。
それどころか。
笑っている。
「……怖く、ありませんの?」
真昼は小さく聞いた。
紫雲は不思議そうに首を傾げる。
「どうしてです?」
「俺は――」
言いかけて止まる。
また“俺”と言ってしまった。
だが紫雲は気にした様子もなく、真っ直ぐ真昼を見る。
「真昼さんは、優しい人です」
即答だった。
真昼は言葉を失う。
優しい。
そんな風に呼ばれたことは無かった。
怪物。
武神。
死神。
そういう言葉なら知っている。
だが。
“優しい”。
その言葉だけは、分からなかった。
胸の奥が妙に熱い。
落ち着かない。
その時だった。
「へぇ」
低い声。
空気が変わる。
校舎の影。
そこに立っていた男を見て、乃亜の顔色が変わる。
桐生院一輝。
一輝は笑っていた。
楽しそうに。
危険そうに。
そして真昼を見る。
「やっぱり普通じゃねぇな、お前」
その目には。
明確な興味が宿っていた。




