第十二話 「婚約者」
昼休み。
三年B組は、妙な空気に包まれていた。
理由は簡単。
教室の前に、大勢の黒服が並んでいたからだ。
女子達がざわつく。
「な、何あれ……」
「怖……」
「誰か来るの……?」
その時。
コツ、コツ、と足音が響いた。
教室へ入ってきた男を見た瞬間、空気が変わる。
整った顔立ち。
高級そうなスーツ。
鋭い目。
だが、その奥にあるのは獣みたいな危うさだった。
桐生院一輝。
漢江会若頭。
そして。
佐倉紫雲の婚約者。
女子達が息を呑む。
「えっ……」
「桐生院って……」
「漢江会の……?」
教室後方。
真昼は静かに一輝を見ていた。
その瞬間。
一輝も真昼を見る。
視線がぶつかる。
空気が重くなる。
本能だった。
互いに理解する。
“同類”だと。
一輝は小さく笑った。
「へぇ」
そのまま教室中央まで歩く。
そして。
「紫雲」
名前を呼ぶ。
紫雲は小さく肩を震わせた。
「……一輝様」
「迎えに来た」
その声は優しい。
だが有無を言わせない圧がある。
紫雲は無理に笑みを作った。
「今日は学院がありますので……」
「昼食くらい付き合えるだろ」
断れない。
周囲も察して静まり返っていた。
その時だった。
「申し訳ありませんわ」
静かな声。
全員の視線が向く。
真昼だった。
「本日の昼食は、佐倉さんとご一緒する約束ですの」
教室が止まる。
乃亜が「うわぁ……」って顔をした。
紫雲も目を見開く。
一輝だけが笑っていた。
「へぇ」
ゆっくり真昼へ近づく。
威圧感。
普通の人間なら足が竦む。
だが真昼は微動だにしない。
「君、名前は?」
「月夜真昼ですわ」
「そうか」
一輝は真昼を見つめる。
じっと。
まるで値踏みするように。
やがて。
「……綺麗だな」
教室の空気が凍る。
女子達がざわついた。
乃亜が頭を抱える。
赤城がいたら絶対キレてた。
真昼は静かに目を細めた。
「ありがとうございます」
「気に入った」
一輝は笑う。
その笑みは危険だった。
紫雲の顔が青くなる。
真昼は理解していた。
この男。
壊れている。
そして一輝は、紫雲へ視線を戻す。
「今日は諦める」
「でも紫雲」
その目が細くなる。
「変な虫つけるなよ?」
そう言い残し、一輝は去っていった。
黒服達も続く。
静寂。
数秒後。
教室が爆発した。
「な、何あれ!?」
「怖すぎるんだけど!?」
「月夜様普通に会話してた!?」
真昼は静かに窓の外を見る。
その横で。
紫雲の手が、小さく震えていた。
真昼はそれを見て。
初めて。
少しだけ苛立っていた。




