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第十一話 「絵」

放課後。


夕陽が校舎を赤く染めていた。


五条真昼は静かに廊下を歩いている。


目的地は、屋上。


人が少ない場所だった。


鍵は閉まっているが問題ない。


真昼は細い針金を取り出す。


カチ。


数秒で開いた。


「……便利ですわね」


完全に犯罪者の手際だった。


屋上へ出る。


風が吹く。


静かだった。


真昼は小さく息を吐き、スケッチブックを開く。


鉛筆を走らせる。


描いている間だけは、何も考えなくていい。


人間のふりもしなくていい。


ただ無心になれる。


その時だった。


ガチャ。


屋上の扉が開く。


真昼の目が細まる。


反射的に気配を消しかけた。


だが。


「あ……」


入ってきた少女は、小さく声を漏らした。


古賀茜。


真昼は少しだけ警戒を解く。


「……古賀さん」


「ごめんなさい」


茜はぺこりと頭を下げた。


「誰もいないと思って」


「問題ありませんわ」


だが茜の視線は、真昼のスケッチブックへ向いていた。


真昼は静かに閉じる。


「見せられるものではありません」


「……ちょっとだけ」


茜が珍しく食い下がる。


真昼は少し黙った。


だが。


この少女は妙に押しが弱いくせに引かない。


結局。


真昼はスケッチブックを差し出した。


茜はそっと受け取る。


ページを開く。


そこには、学院の中庭が描かれていた。


風。


木漏れ日。


細かな光。


写真みたいに綺麗だった。


茜の目が大きくなる。


「……すごい」


真昼は何も言わない。


茜は次のページを開く。


寮の窓。


教室。


空。


どれも静かだった。


そして。


一枚だけ。


人が描かれていた。


長い黒髪。


柔らかな笑顔。


佐倉紫雲。


真昼は少しだけ目を逸らす。


茜は絵を見つめたまま、小さく呟いた。


「……好きなんだ」


「違いますわ」


即答。


だが少し早かった。


茜は真昼を見る。


じーっと。


真昼は無表情を保ったまま視線を逸らした。


「……何故、そうなるのです」


「優しい絵だから」


真昼は黙る。


茜はさらにページをめくる。


そこには。


刀。


血。


夜。


真昼の“裏”が描かれていた。


空気が変わる。


だが茜は怖がらなかった。


ただ静かに、その絵を見る。


「……綺麗」


真昼の目が僅かに揺れる。


「怖くないのですか」


「うん」


「何故です」


茜は少し考えてから答えた。


「寂しそうだから」


またその言葉だった。


真昼は小さく目を伏せる。


すると茜は、スケッチブックを胸に抱える。


「私も描いてみたい」


「……絵を?」


「うん」


真昼は少し意外そうな顔をした。


「興味があるのですか」


「真昼様の絵、好き」


その言葉に、真昼は少しだけ固まる。


好き。


その感情を向けられることに慣れていない。


茜は小さく笑った。


「教えて」


真昼はしばらく黙っていた。


やがて。


「……少しだけなら」


そう呟いた。


その瞬間。


茜が、ぱっと嬉しそうに笑った。


真昼は思う。


ああ。


この少女も、よく笑うのだなと。

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