八話「洞窟のヌシ」
岩土竜を見送った後、洞窟の奥へと足を踏み入れた。
壁面には無数の鉱脈が走っており、俺はピッケルを振るいながら慎重に進んでいく。
採れたのは【鉄鉱石】に【砥石】、更に運が良く【鉄鉱石】の上位互換である【銀鉱石】まで混じっている。
収穫としては十分すぎるほどだ。
途中で何度か岩土竜と遭遇したが、連中は俺の姿を見るなり一目散に逃げ出していった。
「……モグラって確か漢字に竜が入ってるよな。もう少し威厳をだな」
思わず呆れた声が漏れる。
まあ、消耗せずに済むのはありがたい。
俺は警戒を解かないまま、洞窟の奥へ進んでいく。
その途中だった。
「ん?」
ふと、壁際へ視線が止まった。
崩れかけた木製の柱。
地面には錆びた鉄のレールのような物が半ば埋まっている。
「……人工物か?」
近づいて確認する。
柱には工具で削ったような痕跡があり、岩壁にも等間隔の掘削跡が残っていた。
「本当に採掘場だったんだな……」
『鑑定眼』にも、『ここはかつて採掘場として使われていた洞窟』と表示されていた。
つまり昔は、人がここへ出入りしていたという事だ。
「こんな危険地帯で鉱山とか、命懸けにも程があるだろ」
「にゃぅ……」
肩の上でスノーが耳を伏せる。
その様子は当時の鉱山夫に対して、気持ちを代弁している様に感じた。
更に奥へ進む。
すると、今度は壊れた木箱や、朽ちた荷車らしき残骸まで見つかった。
まるで、突然放棄された鉱山跡だ。
「魔物が増えて捨てられたのか……?」
だとすれば納得はできる。
あの岩土竜共が大量発生したなら、普通の採掘者では太刀打ちできない。
俺は周囲へ警戒を向けながら、さらに奥へ進んだ。
そして、最奥へ辿り着く。
「……これは」
息を呑む。
広大な空洞。
壁や天井には【魔光石】がびっしりと埋め込まれており、昼間のように明るい。
しかも空洞の周囲には、崩落した作業足場らしき痕跡まで残っていた。
「昔はここまで掘ってたのか……」
こんな場所まで採掘していたとか、執念が凄い。
だが、それよりも、俺は惹かれる存在があった。
部屋の中央奥、眩い程にの白金色に輝いている鉱脈があったのだ。
もちろん『鑑定眼』を向ける。
表示された文字を見て、俺は目を見開いた。
◇
【ミスリル鉱脈】
・滅多に見つからない超稀少鉱石の鉱脈。
・稀少度 S
◇
「マジかよ……」
ゲームでは定番の超希少金属。
普通なら中盤以降、いや下手をすれば終盤クラスの素材だ。
そんな代物が、転生二日目で拝めるとは。
「これを武器にできれば、一気に戦力が跳ね上がるな……」
問題は、それを加工できる鍛冶職人にまだ出会えていないことだが。
それでも、このチャンスを逃す理由はない。
俺は高鳴る鼓動を抑えながら、ミスリル鉱石へと近づく。
そして、ピッケルを振り上げ採掘を始める。
硬質な音が洞窟内に響いた、その瞬間だった。
___ギィィィィィィィッ!!
耳をつんざくような甲高い咆哮。
直後、周囲の岩盤が激しく震え、バキバキと音を立てて崩れ落ちる。
「なっ__!?」
砕け散る岩の中から現れたのは、常識外れの巨体だった。
全身を真紅の岩殻で覆った、巨大な岩土竜。
その威圧感は、今まで遭遇した個体とは比較にもならない。
【岩土竜女王 Lv 45】
「っ……げ」
全身の毛穴が総毛立つ。
本能が叫んでいた。
__逃げろ、と。
反射的に、俺はスノーを肩から抱き寄せた。
「下がってろ」
「にゃっ……!」
スノーの耳がぺたりと伏せる。
小さな体が緊張で硬くなっていた。
対する【岩土竜女王】は、地面を割りながらゆっくりと姿を現す。
通常種の三倍以上はある巨体。
真紅の岩殻。
頭部には王冠のように尖った鉱石結晶が並んでいた。
そして何より、圧が違う。
「……これは逃げ推奨ボスだろ」
レベル45。
今の俺でも、正面から勝てるか怪しい…と言うか無理である。
女王はギロリとこちらを睨みつけると、怒ったように前脚で地面を掻いた。
どうやらミスリル採掘が逆鱗だったらしい。
「いや、だって欲しくなるだろ普通……!」
「ギュルルルルッ!!」
次の瞬間、女王が突進した。
「速っ!?」
巨体に似合わない速度。
俺は咄嗟に横へ飛び、転がる。
直後、背後の岩壁が轟音と共に砕け散った。
「冗談だろ……」
まともに食らったらミンチだ。
塔の【石像人形】に続き、付いてなさすぎる。
いや、ミスリル鉱脈は見つけられたから運はいいのか。
ってそんなことを考えている場合じゃなかった。
「逃げる選択肢以外ねえ!」
幸い、洞窟は入り組んでいる。
大きい相手ほど動きにくい。
俺は即座に踵を返し、通路へ駆け込んだ。
「にゃあああっ!?」
「舌噛むなよ!」
背後から轟音。
女王が壁を削りながら追ってくる。
狭い通路のおかげで多少速度は落ちているが、それでも十分脅威だった。
俺は走りながら『次元収納』へ手を突っ込む。
「使えそうなのは……これか!」
取り出したのは『薬玉』。
昼間、廃村の棚から拝借したものだ。
花火玉の様な形をしているので、おそらく投擲アイテムだろう。
『鑑定眼』にも、こう表示されている。
◇
【薬玉】
・衝撃で破裂する簡易薬剤球
・煙幕、毒、閃光など種類は様々
◇
「行けそうだが、ガチャ運が高え!」
俺は振り向きざま、薬玉を投げつけた。
直後。
凄まじい破裂が響き渡る
大量の紫煙が洞窟内へ広がった。
「ギュルァァァッ!?」
女王が苦しげな声を上げる。
「毒か!」
女王のステータスに『毒』が追加されているので間違いない。
俺はその隙に距離を取る。
だが、女王は止まらなかった。
怒り狂ったように突進を続け、毒煙ごと岩壁を粉砕しながら迫ってきた。
「うおっ、ゴリ押ししてきやがった!?」
完全に激怒モードである。
しかも運の悪い事に天井から岩が崩れ落ちてきた。
「最悪!」
洞窟そのものが揺れている。
このまま戦えば、生き埋めだ。
「スノー、掴まってろ!」
「にゃぁっ!」
俺は崩れ落ちる岩を避けながら全力で駆ける。
その時、前方の岩壁に細い裂け目が見えた。
「……っ!」
人一人がギリギリ通れる程度の亀裂。
迷っている暇はない。
俺は身体を滑り込ませるように飛び込んだ。
直後、背後を女王の巨体が通過する。
凄まじい圧力で空気が震えた。
「ギュルルルルルッ!!」
怒り狂った咆哮。
だが、女王の巨体は裂け目へ入り切らない。
それでも強引に岩盤を砕きながら追ってくる。
「うおっ!?」
背後で岩壁が弾け飛ぶ。
裂け目の通路に無数のひび割れが走っていく。
通路そのものが限界だ、悲鳴を上げていた。
「マジで追って来るのかよ!」
走る以外に選択肢が無い。
俺は死に物狂いで走った。
横穴というより、崩れかけた岩盤の隙間だ。
足場も悪い。
頭上から小石が降り続ける。
その時。
背後が赤く染まった。
「……は?」
思わず振り返ってしまった。
振り返ってから後悔する。
女王の頭部結晶が赤く発光していたからだ。
「嘘だろっ!?」
俺の言葉と同時に灼熱の光が視界を染める。
轟音に熱風、有り得ない衝撃が俺を襲った。
「___ガッ、あ!?」
凄まじい痛みが走るが、スキルのおかげか俺は生きていた。
俺は咄嗟に近くの岩陰へ転がり込む。
服が焦げる臭い、腕が熱い。
深傷を負ったが、致命傷ではない。
「にゃぁぁっ!」
スノーが必死に肩へしがみつく。
その直後だった。
___ミシッ。
っと、嫌な音が耳を突いた。
「___やべえ」
天井全体に亀裂が走っていた。
ブレスの熱と衝撃で、限界が来たのだ。
「ギュルルルッ!?」
女王も異変に気付いたのか、暴れるように岩盤を砕く。
それが致命的だった。
崩落。
巨大な岩塊が連続で落下する。
「走れぇっ!!」
俺は痛みも忘れ、無我夢中で奥へ飛び込む。
直後、女王の巨体へ、崩れた岩盤が直撃した。
「ギュアアアアアアアッ!!」
断末魔が響き渡った。
それと同時に天井の崩落が始まる。
女王の巨体が大崩落に巻き込まれ、完全に岩盤へ呑み込まれていく。
轟音が洞窟全体へ響き渡った。
俺は転がるように通路を抜け、そのまま地面へ倒れ込む。
「はぁっ……はぁっ……」
肺が焼けるように熱い、背後では崩落音がまだ続いていた。
しばらくして、崩落の音が止む。
視界の端に、経験値獲得の表示が浮かび上がった。
「……倒し、た、のか?」
恐る恐る『鑑定眼』を向ける。
◇
【岩土竜女王】
・戦闘不能
◇
「……マジで?」
自分でも驚いた。
真正面から倒した訳じゃない。
必死に逃げていただけだ。
洞窟という環境が良かっただけ。
どう見ても格上で、勝てる相手ではなかった。
でも勝ちは勝ちだ。
前の世界でも『運も実力の内』という言葉があった。
まさにそれだった。
「は、はは…」
俺は何だかおかしくなって笑ってしまった。
直後。
視界いっぱいにウィンドウが表示される。
◇
『レベルアップ』
『レベルアップ』
『レベルアップ』
◇
「……!」
一気に身体が軽くなる。
筋肉が引き締まり、感覚が鋭くなった。
かなり経験値が入ったらしい。
しかもレベルアップの恩恵か痛みも無くなっていた。
「にゃ、にゃあ?」
スノーも無事だったようだ。
「良かった」
「にゃふ」
俺は腹の上に飛び乗って来たスノーを優しく抱き留め、頭を撫でてやる。
スノーは嬉しいのか尻尾を振っていた。
「ふう…」
俺はスノーを抱えて肩へ誘導し、起き上がる。
すると、俺の視界に白金色の光が照らされた。
崩れた岩の隙間から、戦果の光が見えていたのだ。
「は、はは…まじか!」
ミスリルの大鉱脈だ。
どうやら崩落で他の鉱脈が露出したらしい。
しかも、その近くには赤く輝く巨大な結晶も転がっていた。
『鑑定眼』に表示される詳細情報。
◇
【女王核石】
・岩土竜女王の魔核
・高純度魔力結晶
・希少度A
◇
「棚からぼたもちってヤツだな」
「にゃんっ!」
本当に拾い物である。
スノーが誇らしげに胸を張る。
まるで自分の手柄みたいな顔だった。
「はは、お前も頑張ったもんな」
「にゃふん〜」
頭を撫でると、スノーは満足そうに喉を鳴らした。
◇
その後、洞窟を脱出した俺とスノー。
視線を空に向けると、茜色に染まり始めていた。
「激闘だったな」
「にゃあ〜…」
俺の言葉に同意するスノー。
遠くでは、二つの月が薄っすらと姿を見せ始めている。
「急いで戻るか」
「にゃっ」
肩の上で返事をしたスノーを撫で、俺はなるべく早く帰れるよう、水辺の村まで疾走したのだった。




