九話「スノーと戯れる」
廃村へ辿り着いた頃には、すっかり陽が落ちていた。
二つの月が夜空へ浮かび、崩れた家屋を青白く照らしている。
「……疲れた」
「にゃぁ……」
流石に消耗が激しい。
岩土竜女王との戦闘は、今思い返しても綱渡りだった。
俺は、重い足取りのまま寝床にしているよろず屋跡地へと入る。
途端、張り詰めていた緊張が一気に抜けた。
ようやく一息つけた。
「はぁ……帰ってきた……」
誰も居ない廃村。
それなのに、不思議と、帰ってきたという感覚がある。
俺は女王戦の戦果を『次元収納』から取り出し床へ並べた。
ミスリル鉱石。
女王核石。
その他の鉱石類。
床の一角が異様な輝きで満たされる。
「……今見てもすげえ戦果だよな」
「にゃ」
スノーも隣で鉱石を見上げていた。
だが、すぐに興味を失ったようにこちらを見上げる。
「にゃー」
「……腹減ったのか?」
「にゃっ」
元気な返事だった。
俺は苦笑しながら『次元収納』へ手を突っ込む。
保存していた魚を取り出そうとして、ふと止まった。
「……そういや、あったな」
以前倒した『角兎』の肉。
食えるか分からず、そのまま収納へ放り込んでいた物だ。
俺は『兎肉』へ『鑑定眼』を向ける。
◇
【角兎の肉】
・新鮮
・食用可能
・低級魔物肉
◇
「……食えるのか」
「にゃ?」
スノーが首を傾げる。
よく考えれば、俺もまだ食った事はない。
スノーに至っては魚しか食べていなかったはずだ。
「まあ、試してみるか」
レストラン跡地から拝借していた鉄鍋を取り出し、一度外へと行く。
部屋の中で調理して火事になったら洒落にならん。
外へ移動した俺は、少し頑丈な囲炉裏を作り、火を点ける。
ぱちぱちと木片が爆ぜ、周囲を暖かな光が包んだ。
鉄鍋へ『兎肉』を投入する。
じゅうううっ___。
脂が弾け、香ばしい匂いが漂い始めた。
「……お」
普通に美味そうだ。
するとスノーが匂いにつられるように近寄ってくる。
だが、途中で足を止めた。
「にゃ……」
警戒しているらしい。
「俺も初めてだから安心しろ」
「にゃ?」
「毒見は一緒だ」
焼き上がった肉を半分に切り、その片方を差し出す。
スノーはしばらく匂いを嗅いでいたが………恐る恐る齧った。
「……にゃ」
咀嚼。
次の瞬間。
ぴんっ、と耳が立つ。
「にゃぁぁっ♪」
「気に入ったか」
尻尾がぶんぶん振られ始めた。
どうやら当たりだったらしい。
「そんな美味いのか」
俺も一口食べる。
「……お」
柔らかい。
淡白だが、しっかり旨味がある。
「普通に食えるなこれ」
「にゃっ!」
気付けば、スノーは俺のすぐ隣へ座っていた。
最初に出会った頃なら、ここまで近寄る事すら無かっただろう。
「……慣れたな、お前」
「にゃふ」
満足そうに喉を鳴らす。
女王戦。
あれを越えて、少しだけ距離が縮まったのかもしれない。
そんな事を思いながら、俺は追加の肉を火へ掛けた。
◇
食事を終える頃には、夜もかなり更けていた。
ぱちぱち、と木片が爆ぜる音だけが周囲へ響く。
「……もう限界だな」
流石に眠い。
今日は本当に色々ありすぎた。
不可視の塔に石像人形。
洞窟に女王戦。
ミスリルのち崩落。
今こうして生きているのが不思議なくらいだ。
俺は簡単に火の後始末をすると、寝る準備を始める為、室内へと戻った。
とはいえ、廃村で拾った布と藁を適当に重ねた簡素な寝床だ。
スノー用には、少し離れた場所へ丸めた布を置いてある。
「ほら、お前はそっち」
「にゃ」
スノーは布の上へちょこんと座った。
そのまま丸くなる。
「……よし」
俺も剣を手の届く場所へ置き、ベッドへ倒れ込んだ。
疲労が一気に押し寄せてくる。
「もう無理……寝る……」
「にゃー」
薄れていく意識。
外では夜風が静かに吹いていた。
◇
___どれくらい眠っていただろうか。
「……ん」
ふと、妙な感覚で目が覚めた。
温かい。
いや、重い?
「…………」
視線を落とす。
そこには、俺の腹の上へ乗ったスノーがいた。
「……お前」
「にゃ」
眠そうに尻尾が揺れる。
どうやら自分から移動してきたらしい。
出会った当初は近づきもしなかったくせに。
「寝床どうした。ってか教会はいいのか」
「にゃー」
返事になっていない。
だが、離れる気は無いらしく、前脚で服をぎゅっと掴んでいた。
「……そんなに怖かったのか?」
女王戦。
スノーにとっても、かなり危険な戦いだったはずだ。
俺がそう呟くと、スノーは小さく喉を鳴らした。
「ゴロゴロ……」
その音が妙に安心感を誘う。
俺は小さく息を吐いた。
「……まあ、いいか」
追い払うのも可哀想だ。
頭を軽く撫でる。
するとスノーは安心したように目を細め、そのまま身体を預けてきた。
柔らかい毛並みと、じんわりした体温。
不思議と嫌じゃない。
「……おやすみ、スノー」
「にゃふ」
小さな返事を最後に、再び静かな寝息が聞こえ始めた。
俺もその温もりを感じながら、ゆっくりと目を閉じる。
廃村の夜は静かだった。




