七話「洞窟探索」
腹が膨れ、ようやく一息つく。
俺は回収した鉄串を『次元収納』へ仕舞い、火の様子を確認した。
スノーがするりと足元へ寄ってきて、小さな体を擦りつけてくる。
「んにゃぁ……」
甘えるような鳴き声に、自然と頬が緩んだ。
頭から顎の下へ指を滑らせると、スノーは気持ち良さそうに喉を鳴らす。
「可愛いなお前」
「にゃ〜」
そのまま撫でていると、今度は俺の腕によじ登ってきた。
「おっと」
落ちそうになった体を支えて抱き上げる。
嫌がる様子はなく、むしろ安心したように胸元へ身を預けてきた。
しばらく撫で続けていると、スノーの瞼がゆっくりと落ちていく。
眠気に抗えなくなったのか、小さな頭がこくりと揺れた。
「眠いなら少し休むか」
探索は一旦中断。
近くの岩場へ腰を下ろし、スノーを抱えたまま空を見上げる。
「ふぁ……」
思わず欠伸が漏れた。
風は穏やかで、陽射しも心地いい。
こういう空気に包まれていると、不思議と気が抜ける。
「そういや…」
習慣になっていた煙草を吸っていない。
いつもであれば、食後になると煙草が欲しくなっていたが。
「この世界へ来てから、吸いたいって気持ちがないな」
若返った肉体の影響か。
あるいは転生そのものの恩恵か。
理由は分からないが、悪い話ではない。
「せっかくだし、このまま禁煙するか」
煙草自体は希少品として売れる可能性もある。
残しておいて損はないだろう。
「腕時計もそうだが、この世界じゃ完全に一点物だろうしな」
「んにゃ」
俺の声に反応したのか、スノーが胸元で小さく鳴き、身じろぎする。
そんな反応をされると、つい頬ずりしたくなるから困る。
さて、と。
マップ上部の空白は埋まった。
次は周辺の素材調査だ。
この辺りにどんな資源があるのか把握しておきたい。
「よっと」
スノーを抱えたまま立ち上がり、周囲へ視線を巡らせる。
『塔』の周辺は、緩やかな丘陵と浅い盆地が広がる地形になっていた。
ただ、盆地まではかなり距離がある。
遠目に建物跡らしきものも見えるが、あそこまで行けば帰りは日没だろう。
夜間行動は避けたい。
今日行くとしても、左上に見える洞窟までだ。
そう判断し、とりあえず近くの丘へ向かって歩き出す。
前方の草むらが揺れた。
当然のように、角兎と遭遇する。
「経験値のお出ましか」
飛びかかってきた一体目を、剣で横薙ぎに払う。
斜めに走った刃が、そのまま角兎の体躯を断ち切った。
二体目が間髪入れず突っ込んでくる。
返す刀で迎撃。
ほとんど反射で振った剣が、角兎を地面へ叩き伏せた。
「にゃ?」
「大丈夫だ。寝てていいぞ」
揺れで目を開きかけたスノーへ声を掛ける。
三体目が背後から奇襲を仕掛けて来た。
「姫様が起きるだろ。少し静かにしてくれ」
身体を入れ替え、腰を落とす。
踏み込みと同時に蹴りを叩き込んだ。
鈍い衝撃音と共に角兎が吹き飛び、地面を転がった。
痙攣している。
「襲ってきたのはそっちだからな。恨むなよ」
近づき、剣を突き立てる。
短い断末魔のあと、角兎は動かなくなった。
俺は剣に付着した血を払ってから、剣を『次元収納』へ収める。
片腕が塞がっている以上、この方が楽だった。
本当は布で拭いたいが仕方ない。
そのまま探索を再開する。
因みに今の戦闘でレベルは30に上がった。
◇
丘へ到着する。
周囲には背の高い樹木が点在し、その根元には『薬花草』が群生していた。
「これは助かるな」
回復薬の材料はいくらあっても困らない。
「悪いな、スノー。少し下りてくれ」
「にゃぁん?」
地面へ下ろした瞬間、スノーは不満そうに鳴きながら俺の肩へよじ登ってきた。
「……ほんと甘えん坊だなお前」
「にゃぅ〜」
肩に乗るだけなら作業の邪魔にはならない。
俺は苦笑しながら薬花草の採取を始めた。
数分後、十分な数が集まった。
これだけ集めれば十分だろう。
さて、落ち着いた所で、そろそろ今後の方針を考えようと思う。
「まずは生活基盤だよなぁ」
俺は指折り数えながら整理していく。
拠点は廃村。
食料は魚、試してないが角兎も候補に入れる。
水源もある。
薬花草も安定して採取可能。
問題は回復薬を作るための『魔力水』だ。
「魔法の使い方、覚えねえとな」
剣だけでも戦えてはいる。
だが、この世界は明らかに“そういう世界”だ。
塔、魔導石像、使い魔、次元収納。
今さら否定する方が無理がある。
「そのうち火とか出せんのかね」
レベルはだいぶ上がったが、覚える気配がない。
もし火魔法が使えれば焚き火も楽になる。
いつまでもライターに頼るわけにはいかないだろう。
燃料は限りがあるしな。
「まあ、無い物ねだりをしてもしょうがねえか」
まずは出来る事からしよう。
俺は腰を上げ、周囲を見渡した。
塔近辺は静かだった。
さっきまで暴れていた石像共も、外へは出てこないらしい。
「今日は洞窟まで確認して戻るか」
「にゃ?」
「遠出はしないって事だ」
「にゃ〜」
分かっているのかいないのか。
だが、返事だけは良い。
『薬花草』の採取を終えた俺は、移動を開始。
スノーは当然のように俺の肩へ乗っている。
「完全に定位置だなそこ」
「にゃは」
ご満悦である。
少し歩くと、視界の先に黒い岩肌が見えてきた。
洞窟だ。
入口周辺には苔のような植物が張り付き、ひんやりとした空気が流れ出している。
「……いかにもって感じだな」
俺は剣の柄へ手を掛け、『鑑定眼』を向ける。
◇
【忘れられた鉱洞】
・かつて採掘場として使われていた洞窟。
・内部に鉱石系魔物が出現する場合があります。
◇
「魔物、いるのかよ」
「にゃぅ……」
肩の上でスノーの耳がぺたんと倒れる。
怖がっているようだ。
「安心しろ。危なくなったらすぐ逃げる」
「にゃ」
それでもスノーは俺の服をぎゅっと掴んだままだった。
俺は深呼吸し、洞窟の中へ足を踏み入れる。
直後___。
カツン。
靴裏が、硬い地面を打つ音が、洞窟内へ響いた。
「……」
暗い。
だが、完全な闇ではない。
壁面に青白く光る鉱石が点々と埋まっており、それが洞窟内をぼんやり照らしていた。
「便利な世界だなほんと」
しかも、視界の端に新しい表記が現れる。
◇
【魔光石】
・魔力を蓄える鉱石。
・加工する事で照明器具になる。
◇
「おお、街灯の正体これか」
村にあった発光石も同系統だったのかもしれない。
これは採掘必須だ。
照明は色んな所で役立つからな。
そんな風に考えながら進んでいると。
ガリ、ガリ……。
前方から、何かを削るような音が聞こえてきた。
「!」
俺は咄嗟に足を止める。
音の先、土が盛り上がりながら接近してくる。
姿を現したのは、灰色の小さな影だった。
丸っこい体。
短い手足。
頭部には岩のような突起。
その影は、口いっぱいに鉱石を齧っている。
「……なんだアイツ」
視界に表示される影の正体。
◇
【岩土竜 Lv 18】
・鉱石を食べる魔物。
・比較的温厚。
◇
「温厚タイプか」
少し安心した、その瞬間。
岩土竜がこちらへ気付いた。
「ギュイッ!?」
だが、俺の姿を見た岩土竜は物凄い勢いで逃げ出した。
安心した俺が言うのも何だが、拍子抜けである。
「……逃げるんかい」
「にゃ〜……」
思わず呟いてしまった。
肩の上のスノーも俺に同意するように、どこか呆れたような顔をしている。
まあ、逃げていくなら後を追う必要も無いだろう。
追って行って手痛いしっぺ返しを喰らったら目も当てられない。




